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「この工房の先にはなにが?」
ファイヤー・エンダーは炎の渦巻く通路を進む速度を緩めないまま、尋ねてきた。
俺は口ごもった。
「できれば、知っておきたい……事態に対処するために」
一瞬だけ、ファイヤー・エンダーは振り返って俺の方を見た。銀のバイザーが炎の光を受けて煌めいた。
『事態』。ファイヤー・エンダーはそう言った。この工房の異常に気づいているのだろうか。そもそも、ただの火事にファイヤー・エンダーが派遣されたこと、そこからすでに何か異常なことが起きているのかもしれない。
俺はファイヤー・エンダーの横顔を見つめた。ならば、できるだけ情報は渡しておいた方がいいのかもしれない。俺は熱に乾ききった唇を下で湿らせてから、口を開いた。
「父親の秘密の工房が」
「そうか」
ファイヤーエンダーが頷く。
「そこではなにを?」
もう一度、ためらいが俺の胸を満たした。だが、もう考える時間はない。通路の終わりは近い。伝えておいた方がよい。そこで何が待っているにしても。
「ヒーロー連盟の依頼を受けて、高性能の義肢の製作を」
「……そうか」
小さく息をのんでから、ファイヤー・エンダーは短く頷いた。ヘルメットからわずかに覗く口元がきゅっと鋭く引き締められたように見えた。
「ありがとう、大体わかった」
でも、それを確かめるより早く、ファイヤー・エンダーが前を向いて歩き始めた。
しばらくして、ファイヤー・エンダーの脚が止まった。俺は床を見つめていた顔を上げる。もう一つの工房への入り口だ。扉はあけ放たれていた。工房は外よりもさらに激しく燃えていた。ファイヤー・エンダーの陰から、俺は中の様子を覗き込む。
「父さん!」
俺は叫んでいた。燃える床の上に、横たわる人影が見えた。思わず駆け寄りそうになる俺をファイヤー・エンダーが制止した。
「待て」
さらにファイヤー・エンダーは工房の中に向かって鋭い声で叫んだ。
「何者だ!」
横たわる人影は動かない。
「行け!」
ファイヤー・エンダーのチャントで無人機が人影に近づいていき、その周りを旋回する。
「ギルマニア星人、だと?」
「え?」
ファイヤー・エンダーの声に俺は首を傾げ、目を凝らす。煙を透かして見える床の人影は、たしかに歪な形をしているように見えた。力なく地面に垂れた触手と刃腕、あれは間違いなくギルマニア星人だ。
でも、なぜ、ここに?
「ファイヤー・エンダーの旦那かい?」
ふいに部屋の中から声が聞こえた。聞き慣れた軽い口調だった。その声はさらに俺を混乱させた。その声も、こんなところで聞こえるはずがない声だった。
混乱する俺を尻目にファイヤー・エンダーが尋ねた。
「スナッチャーか?」
「大正解」
「入るぞ」
軽い声が答える。慎重な足取りでファイヤー・エンダーが工房に足を踏み入れる。俺もその後に続く。
工房の奥、素材の保管チェストにもたれかかるようにして、スナッチャーが立っていた。
「大丈夫か?」
ファイヤー・エンダーが問いかける。
「ちょっと、ヘマしちゃってね」
スナッチャーはヘラリと笑い、咳き込んだ。その口から真っ赤な血が噴き出す。
「手ひどくやられたな」
「まあね」
スナッチャーは首を振り、保管チェストから身体を避け蓋を叩いた。
「出てきていいよ」
「は、はい」
チェストの蓋が開く。俺は目を見開く。チェストの中から顔をのぞかせたのは、コチテだった。
「なんで、コチテまでここに」
「親父さんは無事かい?」
「はい、今のところは」
俺の声を無視して、スナッチャーはチェストを覗きこみながら尋ねた。コチテは緊迫した顔で答える。親父さん? スナッチャーの声に思考が引っ掛かる。
慌ててチェストを覗き込む。コチテの隣でぐったりと壁に寄りかかっているのは、父さんだった。その顔はべったりと赤い血で染まっていた。
「父さん!」
俺は父さんの腕を取る。手のひらに弱々しい脈拍を感じる。
「大丈夫、まだ、間に合うはず」
スナッチャーがとぎれとぎれの声で言う。
「ああ、私が来たからには大丈夫だ。みんなで早く脱出しよう」
無人機がエンダーガードを展開し、コチテと父さんを包み込む。
だが、その時だった。
「ぐ、らたたぁああ」!」
不吉な唸り声が工房に響いた。
【つづく】




