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燃える、燃える。すべてが赤い熱に包まれる。飯を食っていたテーブルも、くつろいでいたソファも、廊下も壁も扉も、全部、全部燃えていた。
無人機が消炎剤を撒いていく。火勢がわずかに弱まった隙間をファイヤー・エンダーが抜けていく。俺は無心でその後を追う。壁がなくなった俺の家は、まるで違う建物のように見えた。
ふと疑問が頭に浮かぶ。なぜ、こんなに燃えている? 俺の家の壁も難燃加工が施されているはずだ。こんなに炎が広がるのは奇妙だ。走りながらあたりをじっと見る。さらに奇妙なことに気が付く。壁が崩れている。それは家に足を踏み入れた時から分かっていた。炎に燃やされて、崩れている。けれども、燃えているのはその表面ではなかった。燃えているのは壁の中身だ。表面は燃えていない。なぜだ? 何かおかしい。燃えて崩れたわけじゃない。
『大きな爆発のような音だったわよ』
アカザのおばちゃんの声が頭の中によみがえる。爆発? そうだ。確かに瓦礫は一つの方向に向かって崩れている。まるで爆発に吹き飛ばされでもしたような。
「工房はこっちだね」
ファイヤー・エンダーが振り返る。その先には工房があるはずだった。俺は頷く。
慎重に工房に足を踏み入れる。工房もやはり激しく燃えていた。素材も機械も作りかけの義肢も、全部燃えて溶け落ちている。俺は自分自身の身体が焼かれているような気がした。すべてが燃えて失われていく。
「大丈夫だ」
ファイヤー・エンダーが言う。俺は顔を上げる。
「命さえあれば、まだなんとかなる」
その声は炎の爆ぜる音を貫いて、まっすぐに俺の耳に届いた。俺の頭に浸み込んで、すっと思考を冷やしていく。そうだ。まだ、すべてが失われたわけじゃない。母さんとユイナは助かった。父さんも助かる。助けるんだ。
「秘密の部屋というのは?」
ファイヤー・エンダーが工房を見渡す。俺は震える脚に喝を入れ、壁際の荷物の山を指差す。
「あそこです」
指差して、俺は顔を顰めた。荷物の山は崩れていた。通路を隠すわけでもなく、通路を作る訳でもなく、乱暴に突き崩されたように散らかっている。
「分かった。少し荒らすぞ」
「はい」
ファイヤー・エンダーの無人機が陣を成し
「打ち砕け!」
ファイヤー・エンダーのチャントとともに、液材を射出する。勢いよく射出された液材が荷物を弾き飛ばし、通路が姿を現す。
「ぬ!」
ごう、とぞっとする音がした。ファイヤー・エンダーがさっと腕をかざす。エンダーガードが展開される。ぶわり、とエンダーガードが膨らんだ。銀の膜を回り込んだ焼けつく空気が俺の身体に吹き付ける俺は身にまとったエンダーガードを体に巻き付けた。
「大丈夫か?」
「はい」
俺ののどはカラカラに乾いていた。何とか唾を呑み込んで答える。
「ここまで来ればもう、大丈夫だ。君はもう帰りなさい」
ファイヤー・エンダーが俺に向き直り、言った。
「いいえ」
俺は首を振る。震えて、今にも外に駆けだしそうになる脚を必死に押さえつけて。
「俺も行きます」
「危険だ」
「邪魔はしません。この先に父さんがいるんです。このままじゃ帰れません」
ファイヤー・エンダーが俺を見る。俺もファイヤー・エンダーを見返す。
見合う間は一瞬だった。ファイヤー・エンダーが小さくため息をついてから、炎の方に向きなおる。
「分かった。だが、気をつけろよ。私も完全に君を守れるわけじゃない」
「はい」
俺は頷いた。
ファイヤー・エンダーは慎重な足取りで歩き出す。俺もその後を追って歩き出した。
【つづく】




