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Mr.ウーンズが俺に目配せをしているのに気がついた。扉から離れるように手を振っているように見えた。
その目には有無を言わせない鋭さが宿っていた。 俺の身体は勝手に動いていた。その迫力に逆らうことはできなかった。Mr.ウーンズは催眠術なんて使えないはずなのに。
事務所の扉がゆっくりと開いた。 そこには男が五人、立っていた。揃いの量産品の耐酸性雨コートの襟を立て、中折れ帽をかぶった大柄な男たちだった。
「お前か」
いつのまにかMr.ウーンズは机を離れ、ミイヤとフーカの前に立ち塞がっていた。 鋭い目で男たちを睨みつけている。
「久しいな、Mr.ウーンズ」
男たちのうちの一人が言った。
真ん中にいる少しだけ小柄な男だった。その声は嗄れて歪んだような声をだった。
「探したぞ」
「もう会わないつもりだったがな」
低い声でMr.ウーンズが言い返す。残された左腕を後ろに回し、わずかに半身になっている。その全身から発せられるビリビリと痺れるような殺気に、俺は小便を漏らしそうになった。
「そう言うなよ。お前が戦場を離れたって聞いて悲しかったんだぜ」
「お陰で楽隠居の身さ」
「はっ!」
男が高い声で笑った。
「お前みたいな奴が隠居なんて出来るわけないだろ。例えヒーロー連盟が許したって」
男がゆっくりと帽子を持ち上げた。
「俺のこの大天眼が許さねえよ」
「ひ、ひええ」
ミイヤが悲鳴を上げた。その目は男の顔に釘付けになっていた。つられて俺も男の顔を見た。俺も悲鳴を上げそうになった。
「おやおや、幼稚園、というのだったか? おまえたちの言葉でここのようなところのことを」
男があざけるように笑った。おそらくは笑ったのだろう。
男の顔の下半分はぱっくりと裂けた巨大な口だった。その裂け目には獰猛な鋭い牙がびっしりと並んでいた。裂け目の上部分には緑と紫の縞模様の触手が生い茂り、ゆらゆらと蠢いていた。
触手の中央に一際太い触手があった。
だが、その触手にはなにか重大な欠落があるように思えた。本来ついているべき何かが欠けているような不安定さがあった。その触手の先端には恐ろしい傷跡が刻まれていた。
そこにあるべきものが恐ろしい力で引き千切られたような。そんな傷跡だった。そこにあるべきもの、そこにあったものを俺は知っていた。
画面の向こう側で、ニュース番組の向こう側で、こちらを睨みつけていた、あの恐ろしい感覚器官、大天眼。その眼を持つ存在は一つしかいない。
ギルマニア星人だ。
残忍無比の悪役、地球人の天敵、存在の許されない悪。それは活劇かニュース番組の画面の向こうにしかいないはずの存在だった。 でも、今それは確かに目の前にいた。
「ぐらぁう!」
不意に男たちのうちの一人が唸った。突然姿を消したように見えた。次の瞬間、男はMr.ウーンズのすぐ近くにいた。レインコートの裾が裂ける。ギルマニア星人特有の刃腕が斜め下からMr.ウーンズに襲いかかった。
【つづく】