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それは学校の時と同じ明るい笑顔で、でもやけに痛々しい笑顔だった。俺は目をそらした。なぜだろう。なんだか見ていられなかった。
「別にヒーローになるだけが貢献する方法ってわけじゃないだろ」
俺が言うとコチテは「まあ、そうなんだけどさ」と呟きながら唸った。
「でも、やっぱりヒーローになりたいんだよ」
コチテはもう一度言った。俺は地面を見たまま、首を振った。
きっと俺は理解することができない気持ちなんだろうと思った。なんでもできるやつの気持ちなんて……なんでもできたやつの気持ちなんてわからない。
だから、俺は「そうか」と言って黙ることしかできなかった。
短い沈黙があった後に、コチテが立ち上がった。
「ごめんね。話し込んじゃって」
「いや、別に」
何か言おうかと思ったけど、上手い言葉は出てこなかった。その時だった。
「おやおやおやおや! 珍しい組み合わせだねえ!」
甲高い良く通る声が降池堂の店先に響いた。声の聞こえた方向、路地の入口に目を凝らす。
街灯の下で、一人の小柄な女の子が腰に手を当ててこちらを見ていた。募集事務所の係員のスナッチャーだ。
「ああ、スナッっちゃんさん! どうしたんですか?」
コチテが明るい声で呼びかけた。スナッチャーはにっこりと笑って、跳ねるようにこちらに近づいて来た。そして、がしりと俺とコチテの肩に手をまわす。しなやかで逃れがたい感触が肩に伝わってくる。スナッチャーは俺とコチテの顔を見比べながら言った。
「ちょっと暇だしパトロールしてたら、なんか話し声が聞こえたからね。なんだろーって思って。そしたら、なんと驚き! リュウ君とコッチんがお話してるじゃん。邪魔しちゃ悪いかなーって思ったけど、なんか面白そうな話も聞こえてたしさ」
「別にそんな面白い話してないですよ」
やんわりとスナッチャーの腕から抜け出しながら、コチテが言った。俺もさりげなく離れながら尋ねた。
「試験ってスナ……チャーさんがやってるのか?」
「ん? そうだよ」
あっけらかんとスナッチャーは答える。俺は思わずコチテの横顔を見た。その顔に張り付いているのはさっきまでと変わらない笑顔だった。何度も落とされている相手に向ける表情ではない。
「あー。そうなんだ」
俺は曖昧な言葉を漏らしながら、二人の顔から目をそらし、店の方に目をやった。もう暗くなっていて店の中は見えない。そっと鞄を持ち上げる。
「じゃあ、そろそろ帰んねえといけねえ時間だから」
「ね、スナっちゃん」
ふいに、コチテが声を発した。それはとても朗らかな声だった。
「お? どしたのコッチん」
スナッチャーも明るい声で答えた。その顔は相変わらず世界が楽しくてたまらないと言った風の笑顔だった。気負いの気配も見えない表情だった。
「なんで、俺うかんないんですかね」
コチテの方に目を向ける。コチテはにこやかに笑っていた。でも、その瞳の奥になにかギラリと光が輝いた。
【つづく】




