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ザ・ファーストは超人黎明期の、まだヒーロー連盟が存在していなかった頃のヒーローのうちの一人だ。十本の指に割り振られた超常のヒーローセンスを組み合わせ、変幻自在の技でギルマニア星人を圧倒した。その時には地球人の勝利が近いとさえ言われた。
だが、ギルマニア星人の女王側近との一騎打ちでザ・ファーストが右の薬指を失ってしまうと状況は一転した。失われたのは一本の指、一つのヒーローセンスではない。何万もある技の組み合わせの一つが一度に失われたのだ。
ザ・ファーストは戦場を去り、人類は窮地に追い込まれた。
一人、また一人とヒーローたちは倒れていき、ついに最後のヒーローが今まさに倒れんとしたとき、その時だった。ザ・ファーストが再び姿を現したのだ。ザ・ファーストは以前と同じ……いや、一説によると以前よりもさらに多彩で鮮やかな技を操り、押し寄せるギルマニア星人の軍勢を蹴散らしたのだ!
全てを片づけた後、ザ・ファーストはヒーローたちに向かって、不敵に笑い手を広げて見せた。失われた薬指が生えていたはずの場所には、精巧にできた義指が輝いていた。
機械仕掛けの指が誰によって作られたのか、ザ・ファーストが語ることはなかった。
それが最初のヒーロー、ザ・ファーストの物語だ。
「それが……ここで?」
俺は呆然と図面を見つめた。古びたその図面に描かれているのははまごうことなく、ザ・ファーストの右薬指の図面だった。
「ああ、お前のひいじいちゃんが作った」
父さんはさらに数冊のファイルを広げてよこした。俺は夢中になって図面をめくった。ピューマキラー、暗寧射手、マジックス2世、目有堂スゥ。
表題の名はいずれも大けがをして、そこからの復活を遂げたヒーローたちのものだった。そしてどの図面に描かれているのも、その当時の最新の技術が惜しみなく詰め込まれた驚異の義肢だった。
「じゃあ、本当なのか?」
「本当だとも」
父さんが頷いた。とても信じらなかった。あり得ないことのように思えた。でも、部屋を埋め尽くす最新の機材の群れと、大量の図面が父さんの言葉が嘘でないと証明していた。図面の驚異を実現するには間違いなくこれらの機材が必要だし、図面以外のものを作るには機材はあまりにもピーキーすぎた。
「そんなの、しらねえぞ」
「言ってなかったからな」
父さんは素知らぬ顔で続けた。
「機密保持は重要なんだ。わかるだろう」
そう言いながら、父さんは俺が散らかしたファイルを一冊ずつ手に取り、棚に収めていった。ファイルの表紙には大きく『秘』の文字が張り付けられていた。俺は自分の胃袋がずんと重くなるのを感じた。
「俺が見てよかったのか?」
恐る恐る尋ねる。俺はとんでもないことをしてしまったんじゃないか? そんな恐怖が湧きがってきた。父さんが振り返る。その顔に浮かんでいたのは、穏やかな笑顔だった
「もちろん、大丈夫だとも」
そう言って、父さんは両手を俺の肩に置いて俺の顔を覗き込んだ。俺は両肩に重たくて分厚い手のひらを感じた。
「お前は俺の跡を継ぐんだろう。それなら、この工房も継ぐということだからな。ならもう知っておいて早すぎるということはない」
「でも……それで、俺の気が変わったら、どうするんだよ」
「いいや」
父さんはゆっくりと首を振った。
「お前はこの工房を継ぐさ」
父さんの両目が俺の目を捕えた。
それはいつもと変わらない、穏やかな目だった。けれども、その目の奥に強い温もりが輝いているのを感じた。その温もりはあまりにも強く、触れると火傷してしまいそうなほどの熱を持っていた。熱はじわりと俺の目を通り抜け、その奥にある俺の頭を焦がした。
そして、俺はわかった。
言葉や理屈ではなく、その熱自身が俺に伝えてきた。俺が受け継ぐべきなのはこの工房だけではないのだと。受け継ぐべきなのはこの工房の魂なのだと。
その熱は父さんの想いだけではない。父さんの、その父さんの、さらにその父さんの。ヒーローの義肢を作り続けて、ヒーローたちを支えてきた、この工房の主たちの想いが、父さんの目を通して直接俺の頭の中に流れ込んでくるのだった。
それで、俺は頷いた。頷いていた。
熱に浮かされたわけではない。父さんに流されたわけでもない。俺は確かに、自分の意志で、その受け継がれてきた想いを受け止め、頷いたのだった。俺は口を開いた。
「ああ、俺は、この工房を継ぐ」
言葉が口から出た瞬間に、俺の胸に熱い誇らしさがあふれた。
「親父」
俺は叫び、父さんを抱きしめていた。
細くたくましい背中の感触を腕の中に感じる。
「継いでくれるか」
「ああ」
父さんが尋ね、俺は頷いた。
「そう言ってくれて、うれしいよ」
父さんも俺を抱きしめ返してくる。俺は小さいガキのようにわけも分からず泣き出しそうになった。でも、それは堪えた。
歴代の工房の主たちが、そこら中にいるのを感じた。
「俺は、工房を継ぐ」
泣き出す代わりに、俺はもう一度繰り返した。
工房の主たちは微笑みながら俺を見守っているように思えた。
【つづく】




