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Mr.ウーンズは微笑んだまま顔を上げた。
「どうぞ、開いているよ」
「失礼します」
扉が開いた。硬い声が聞こえた。声を聞いて俺は息を呑んだ。
「フーカ?」
「あら」
戸口に立つフーカが俺の顔を見て首を傾げた。きれいに結われた栗色のポニーテールが揺れた。
「あら、リュウト君と……ミイヤ君じゃない。どうしたのこんなところで」
「それはこっちのセリフだけどな」
「もしかして、フーカさんもヒーローに?」
机から振り返ったミイヤが尋ねた。驚くほど馬鹿な質問だと思った
学校一の秀才で最終学年で厳格な生徒会長を務め上げたフーカは、灰色のヒーロー候補生に一番似つかわしくない人種だった。
「ええ、もちろん。そうよ」
でも帰ってきたのはもっと驚くような答えだった。
「ああ、フーカ君、本当に来てくれたんだね。嬉しいよ」
Mr.ウーンズが微笑んで言った。フーカは学校では見せたことのないような笑顔で頷いた。
「じゃあ、本当に?」
俺は目を見開いたまま尋ねた。ずいぶん間抜けな顔になっていたと思う。フーカは澄まし顔で俺の顔をちらりと見た。
「それ以外でなんでここに来るのよ」
付け加えられたのはとてもあきれたような声だった。俺はバツが悪くなって目を逸らした。
フーカはおれのことなんかきにせず、鞄から書類を取り出して、ミイヤの隣に座った。
「ミイヤ君はヒーローになるのね」
「う、うん。なれるかは分からないけど」
フーカは俺には何も尋ねなかった。俺がヒーローに志願するなんて微塵も思っていないようだった。
でも、それはそのとおりなのだ。俺はミイヤの付き添いで来ただけだったんだから。ヒーローになんて絶対にならないのだから。
そのつもりだったんだから。
だから、俺は床を睨みながら黙っていた。
学校を卒業してから行くことになっている上級技術学校の事を考えた。それからそこで十分に技術を学んでから継ぐことになるであろう父親の工場の事を考えた。小さいけれど何でも作れるサイバネ工場のことを。ちらりとMr.ウーンズの肩に目をやる。
なにもヒーローになるだけが貢献ってわけじゃない。自分のするべきことをするのだって立派な貢献だ。そのうち俺の家の技術でヒーローの怪我を補えるようになるかもしれない。机で書類を書くフーカのスラリと伸びた背筋が目に入った。文字を書くリズムでポーニーテールが揺れていた。立派なサイバネを作れば、そうすれば、もしかしたらフーカだって……。
その時、ノックが聞こえた。
また候補生だろうか。顔を上げる。
「誰だ?」
Mr.ウーンズも顔を上げた。でも、そこには笑顔はなかった。ゾッとするような厳しい顔で扉を睨みつけていた。
【つづく】