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「ヒーローに、なりたい、のか?」
父さんは一単語ずつを区切るようにして言った。今までに聞いたことがないくらいうろたえた声だった。俺は慌てて答えた。
「いや、だから、その例えばの話だよ」
「ああ、そうか」
父さんは頷いて、落ち着かない様子で俺の隣の椅子に腰かけた。
しばらく黙ってから、父さんは静かに口を開いた。
「ミイヤ君の、ことかい?」
「別に、そういうわけじゃ」
「ずいぶん仲が良かったからな」
「だから、関係ないって」
俺は父さんの方に向き直った。父さんはとても真剣な顔をしていた。眉間に刻まれた深い皺がいつもよりもさらに険しいものになっていた。俺は笑顔を作って父さんの肩を軽く叩いた。
「冗談だよ。冗談。俺はヒーローにはならない。ずっと言ってるだろ」
父さんの眉間の皺を見ながら、俺は言った。嘘じゃない。本当だ。そのはずだ。分でも、なぜこんなことを言い出したのかわからなかった。どんな答えを期待していたというのだろうか。
ただ、静かな工房で、隣に父さんがいて、「なにか」あったのかを聞かれて、それで、つい、思ってもいないことを言ってしまったのだ。こんなことを言うつもりはなかった。少なくとも、父さんにこんな顔をさせるつもりはなかった。
「冗談だよ。親父」
俺はもう一度繰り返して、作業台に向き直り、思考眼鏡を覗いた。手袋の指先を動かして、次のケーブルを引き回そうとする。でも、できなかった。どうしてもケーブルの通るべきルートを見つけることができなかった。ケーブルを掴んだプロープは回路の上であてもなくさまよった。
父さんが咳払いをした。
「見せてごらん」
携帯式の思考眼鏡を取り出して、接続ケーブルを伸ばして作業台に繋ぐ音が聞こえた。ポップ音がして拡大された視界の中に父さんの視点を示すマーカーが現れる。
「ふむ、ここと、ここと、ここを通ってみるのはどうかな」
父さんのマーカーがしばらく回路の上を動き回った後に父さんが言った。ポップ音とともに回路の中の空間にいくつかのピンが点滅する。俺は首を傾げながらもケーブルをそのピンに通してみた。
「うわ!」
思わず声が漏れた。ケーブルはまるで最初からそこにあったかのようにきれいに収まっていた。俺は思考眼鏡を外して、隣の父さんを見た。父さんは思考眼鏡越しに誇らしげな顔で片目をつむっていた。
「やっぱまだかなわねえな」
「年季が違うからな」
はっはっはと父さんは明るい声で笑った。俺も頭を掻いて笑った。
「あのな、リュウト」
ひとしきり笑った後、父さんは思考眼鏡を外し机の上に置いて、俺の顔を覗き込んだ。
「お前がヒーローになりたいって言うのなら、お父さんは止めないぞ」
俺は首を振ろうとした。でも、父さんの目は俺の目を捕えて逃がさなかった。
「誰にだってそういう時期はある。ヒーローになって誰かを助けたいって、そう思う時期がな。お父さんはそれを若気の至りだとは思わんよ」
「俺は……」
俺は何かを言おうとした。でも、言葉は上手く出てきてくれなかった。




