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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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 作業台からアームで繋がった据え付けの思考眼鏡を覗き込む。目の前に数百倍に拡大された巨大な回路が視界に広がる。

 俺は両手に装着したフィードバック付き操作手袋に慎重に力を加える。俺の指先の動きに連動して、視界の中のプロープが端子と端子の間に極細の回路を動き回って極細のケーブルを繋いでいく。

 ナノ単位のケーブルはどんなに機械的に力が縮小されていても、少しでも変な方向に力を込めてしまったら簡単に千切れてしまう。他のケーブルに近すぎるところを通れば信号が干渉してしまうし、もちろん装置が動いたときに伸びきったり、絡まったりするようじゃ困る。

 サイバネの回路つなぎはまるで難解なパズルを解きながら、壁の見えない迷路をさまよい続けるようなものだ。

「ふう」

 ようやく一つの端子を繋ぎ、俺は一息ついた。思考眼鏡をはずし、作業台の上に肉眼を向ける。一瞬焦点が合わなくて、目をつむってまぶたを揉んでから、改めてみる。

 そこにあるのは銀色に輝く機械式の左腕だった。胸を高鳴らせながら思考腕巻を操作して、テスト電流を流す。

 作業台の上の左手の薬指がくにゃりと曲がった。

「よし!」

 思わず声が出た。想定通りだ。

「課題か?」

 突然聞こえた声に驚いて振り返る。

「親父、いたのかよ」

 父さんが工房のドアにもたれかかって、俺を見ていた。

「工房の電気がついていたから、消し忘れたかと思ってな」

「悪い。勝手に使って」

 俺が謝ると、父さんは「構わんよ」と首を振った。

「どうせ、そのうちお前のものになるんだ。しっかり使って慣れておきなさい」

「まだだいぶ先だろ」

「なに、あっという間さ」

 父さんはそう言って笑った。俺は思考眼鏡を覗くふりをした。

 上級技術学校を卒業して、しばらく父さんの下で働いて経営に慣れたら、この工房は俺のものになることになっていた。父さんはずっとそう言っていたし、俺もそのつもりだった。

 でも、それは先のことだ。

「あっという間だよ」

 父さんは俺の隣に来て、もう一度言った。

「この工房に忍び込んでいたずらばかりしていたお前が、こんな立派な義手を作るようになったんだ。俺を越していくのもあっという間さ」

  俺は一瞬だけ思考眼鏡から目を外して、父さんに視線をやった。父さんは作業台の上をじっと見つめていた。俺は恥ずかしくなってまた思考眼鏡を覗き込んだ。

「なにかあったのか」

 父さんは言った。それまでと変わらない、穏やかな声だった。

「別に。なんだよ」

 俺もできるだけ変わらない調子で返した。

「お前がここに籠るときはたいていなんかあったときだからな」

「別に」

 俺はもう一度繰り返した。父さんの言葉は間違いなく図星だった。

 父さんの視線が俺の方に向けられているのを感じた。でも、父さんはそれ以上何も尋ねてこなかった。俺はため息をついた。思考グラスを覗いたまま、呟く。

「親父」

「どうした?」

「もし、俺がヒーローになりたいって言ったら、どうする?」

「お前がか?」

 返ってきたのはとても驚いたような声だった。


【つづく】

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