26
俺の肝っ玉は一気に縮み上がった。
その声は間違いない。ギルマニア星人の唸り声だった。考えるよりも先に、俺はカウンターの中に飛び込んでいた。
ぴったりと背中をカウンターに押し付けて様子を伺う。
入れ替わりにスナッチャーがカウンターの向こうに飛び出して怒鳴りつけた。
「なんだっ!テメー!」
「ぐりゅふぅが!」
唸り声が答える。くそったれめ。なんだってこんなにギルマニア星人に出くわさねえと行けねえんだ。心の中で喚き立てる声を抑えつける。
スナッチャーは勝てるのか? 今はヒーローではないと言っていた。くそっ。でも、元とはいえヒーローだ。任せるしかできることはない。
「ざっけんな」
「てゃさやはかばが!」
スナッチャーとギルマニア星人の応酬が聞こえる。俺は思い出す。確か棚の向こうに通信機があったはずだ。あれを使えば助けを呼べる。俺は体を低くして、棚の方へ向かう。
なんと言えば良い? 状況を伝えたほうが良いのか。そのためには今の状態を知る必要がある。危険か? それでも知らなければ、伝えられない。状況を確認しなくては。
俺は意を決して、慎重に振り向いた。
「あ?」
そこに広がっていた光景に、俺の思考は停止した。
「モツぶっちら………あれ?」
俺の声が聞こえたのか、スナッチャーは叫び声を止めて、俺の方に振り向いた。
「あー、ばれちゃったか」
スナッチャーが照れたように頭を掻いた。
ギルマニア星人なんていなかった。
スナッチャーは一人で事務所の真ん中に立って、虚空に向かって怒鳴りつけていた。
「どういうつもりだ?」
「ぐらりゅうう!」
ギルマニア星人の唸り声が聞こえた。びくりと俺の身体がこわばる。でも、姿は見えなかった。
「あー、これは! あれだ! ギルマニア星人の光学迷彩装甲だ!」
スナッチャーが叫んだ。俺はスナッチャーを睨んだ。
「ざけてんじゃねえぞ」
俺は声の聞こえたあたりに近づき、しゃがみ込む。観葉植物の鉢の影に小さなスピーカーが隠されていた。
「なんだ? これは」
「あー、それはねー、じつは……」
スナッチャーがもごもごと口の中で何かを言う。俺はスナッチャーに歩み寄り、襟元を掴んだ。スナッチャーは気まずそうに目を逸らした。
「選抜試験の一環でね。いやー、いい反応だったよ」
笑みを浮かべながらスナッチャーは言った。俺はその横っ面をぶん殴ってやりたくなった。でも、何とか我慢した。さすがにヒーロー連盟の構成員を殴るのはまずい。乱暴に手を離す。スナッチャーは尻もちを着いた。
「からかいやがってよ」
「あー、違う違う」
俺を見上げながらスナッチャーは慌てた様子で言った。
「嫌味とかからかうとかじゃないってば。本当に良い……あー、適切な反応だったって言ってるの」
「そうかよ」
「あの状況でちゃんと自分の身を守って、救援を呼ぼうとして、その上状況を確かめようとするとか、なかなかできないよって話」
飄々とした顔で、スナッチャーは嘯く。
「いやー、志願に来た子たちみんなにやってるんだけど、その中でも一番正しい行動をしたと思うよ」
「そうかよ」
俺は短く言うと、机の上の鞄を取り上げた。帰ろう。そう思う。これ以上話をすると本当にぶん殴ってしまいそうだった。
「ミイヤ君にもやったんだけどね」
俺は動きを止めた。舌打ちを一つ。気になって足を止めてしまう自分が苛立たしかった。
「あいつはどうしたんだ」
「いや、ミイヤ君もカッコよかったよ。ちゃんと、立ち向かってさ。足は震えてたけど、逃げずに」
「そうかよ」
また、俺は短く言った。ミイヤなら、確かにそうするだろう。
「まあ、でも、あれは気を付けないとだね」
ゆっくりと立ち上がりながら、スナッチャーが何気なく言った。その言いぶりはやけに気になるものだった。
「なにがだよ」
スナッチャーは肩をすくめた。
「ああいう勇敢なのは、けっこう早く死んじゃうからさ。いろいろ訓練も気をつけなきゃってこと」
「そうかよ」
俺はもう一度短く返した。鼓動が嫌な感じに揺らいで、何故だか目をそらしてしまった。スナッチャーが横目で俺の方を見ているのを感じた。俺は咳払いをして尋ねた。
「それで、他に何か書くものはあるのか? とっとと手紙渡してかえりてえんだが」
【つづく】




