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「えー、これとこれと、あとこれのこことこことここを読んでもらって、同意するならこことここにサインしてください。何かわからないところがあったら、聞いてください」
さっきまでの溌溂とした様子とは打って変わって、スナッチャーは、大量の書類を机に広げた。まるっきりやる気の感じられない機械的な口調だった。
「ずいぶん厳重なんだな」
俺は書類の量に気おされて呟いた。
「一応秘密施設に手紙出すことになるんで」
スナッチャーはそっけなく肩を竦めた。それ以上何かを言うつもりも、書く書類を手加減してくれるつもりもなさそうだった。俺は大人しく椅子に座って、ペンをとった。
書類は特に興味を引くようなものはなかった。「内容を確認される可能性がある」とか、「悪いものを持ち込んでないよね?」とかそういう確認事項をやけに小難しい書き方で尋ねてきているだけだった。
俺はときどきスナッチャーに質問しながら、一つ一つに目を通し、サインをしていった。
「結構慎重なんだね」
俺の何度目かの質問に答えた後に、スナッチャーは言った。顔を上げると、スナッチャーがのぞき込んできていた。少しだけさっきの面白がる表情が戻ってきていた。
「親父が厳しくてな」
俺は書類に目を戻して言った。
「いいお父さんだね。慎重なのはいいことだと思うよ」
「ミイヤはけっこう適当だったろ」」
「んー、まあ、リュウ君より丁寧じゃなかったかな」
「だろうね」
俺はため息をついた。ミイヤは時々粗雑になることがある。ヒーローに慣れると思って舞い上がっているときはなおさらだろう。
「どうせろくでもない条件ばかりだったろうに」
「そんなことないよー」
俺が漏らした言葉に、スナッチャーが反応した。視界の端に尖った髪がぶんぶんと横に振れるのが見えた。
「ヒーローは完全な自由意思によってなるものだからね。契約はかなり緩いよー」
「そうだろうともさ」
俺は顔を上げずに答えた。そりゃ、建前はそうなっているだろうさ。でも、実際どうなっているかなんて想像するまでもない。
「まさか、信じてるとも、全面的に」
スナッチャーが不満げな声音で言った。俺は適当な言葉で受け流した。
「じゃあ、見てみる?」
「あ?」
返ってきた軽い言葉に、俺は思わず顔を上げてしまった。スナッチャーは俺が何かを言い返そうとする前に、棚の方に振り向いていた。ごそごそと棚の中を探してから、「ほら」とこちらに振り向いて、机の上に一枚の紙きれを置いた。
「見ていいのかよ」
俺は顔を上げたまま、尋ねた。
「いいよ、別に」
「俺はヒーローになんかならないぜ」
「別に見られて困るもんでもないしね」
スナッチャーの声は平坦な調子だった。俺は困惑した。本当に見て大丈夫なものなのだろうか。もう一度疑い深い目でスナッチャーを見て尋ねる。
「見たら、ヒーローになれとか言うなよ」
「言わないよ、そんな詐欺みたいなこと」
スナッチャーはくすりと笑った。疑わしさは残っていた。スナッチャーの意図は読めない。それでも好奇心が勝った。実際、何らかの罠である可能性は低いと思った。
俺は机の上を見た。そこには一枚の紙があった。やけに余白の多い紙だった。
その紙の中央にはこう書かれていた。
私はヒーロになることを誓います。
そのためにあらゆる努力を惜しみません。
書かれていたのは、それだけだった。その下に日付と署名を書く欄があって、それでおわり。
「これだけ?」
「そうだよ」
俺はあっけにとられて尋ねた。スナッチャーはあっけらかんと答えた。
俺は眉間にしわが寄るのを感じた。
「他にもなんか、色々あるんだろ。あれをしますとか、これをしませんとか、そういう」
「ないよ」
やや食い気味に、スナッチャーが言った。俺は思わずスナッチャーの顔を見上げた。その声には何か奇妙な感情が込められているように聞こえた。それは、まるで哀れみに似た感情に思えた。
「まったくひどい話だよね」
スナッチャーは左右にゆっくり首を振りながら言った。
【つづく】




