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「あれ?」
募集事務所へ向かうエレベーターの扉が開いて、嫌な顔が表れた。
「てか、どうした? こんなところで」
俺の顔を見るなり、あい変わらずの明るい笑顔で、気さくに話しかけてきたのは、かつてのクラスメイトのコチテだった。勢いに押されて俺は思わず一歩、後ろに下がってしまった。
「別に、ちょっと、届け物だよ」
俺は手紙をしまった鞄をさりげなく後ろに隠しながら答えた。別に隠す必要はまるでないのだけれども、この陽気な元クラスの人気者に、ミイヤへの手紙のことを知られるのは、なんだか嫌だった。
「届け物?」
コチテが首を傾げる。俺は逆に聞き返した。
「そっちこそ、どうしたんだよ」
「なにって、おいおい」
そう言いながら、コチテは俺に近づいてくると、にやにやと笑いながら肘でつついてきた。
「ここをどこだと思っているんだよ。ヒーローになるための手続きに来たに決まっているだろ」
「は?」
「なんだよ」
俺の驚き顔がよほど面白かったのか、コチテはぷっと噴き出してっからけらけらと笑った。
「ヒーローになるのかよ?」
「そうだよ」
恐る恐る聞いてみると、コチテは当然という風に頷く。俺は頭がぐるぐると混乱するのを感じた。
コチテはクラスの人気者で、フーカと同じくらい勉強もできる。上級学習院に行くのが決まったと聞いていた。
「え、なんで? だって、上級学習院の試験受かったんだろ?」
思わず聞いてしまう。
「知らないのかよ。ヒーローになりたいと本人が希望すれば誰も止めることができないんだぜ」
「そりゃあ、そうかもしれないけどさ」
建前上はそうなっているけれども、実際にそうかはまた別の話だ。
「先生たち、めっちゃ止めただろ」
「まあ、それは、まあね。でも、強制はできないからさ」
「うわー」
俺は教師連中に同情した。同じ年に上級学習院の試験に二人が合格するなんて、かなり珍しいことだ。教師たちはかなり浮足立っていた。その二人が上級学習院を蹴って、ヒーローになるとなったら……。
「二人とも、上級学習院蹴るとか、うわー」
先生たちの心中を想像して、思わず言葉が漏れてしまう。
「お?」
ふいに、コチテが肩を組んできた。俺の顔のすごく近いところで、コチテの整った顔がニヤリと笑う。
「なんだよ。お前もあの噂。聞いたのか? ああ、それでここに来たってわけだな」
「なにがだよ?」
「だから、フーカがヒーローになるって話だろ?」
「え?」
戸惑う俺を無視して、コチテはうんうんと勝手に頷いている。
「わかるぜ、わかるわかる。お前もフーカを狙ってたんだろ?」
「別に、俺は」
「いやいや、でも、それでヒーローに志願するなんて、お前もけっこうガッツあるじゃん」
「だから、俺は別にヒーローにはならねえよ」
俺は思い切ってコチテを振り払った。コチテは意外そうな顔で首を傾げた。
「そうなのか?」
「当たり前だろ。普通に上級技術学校に行ってるんだよ」
「ああ、そういえば、お前もの作るの得意だったもんな」
コチテの言葉に俺はかなり不思議な気持ちになった。クラスのトップグループであるコチテが俺のことを知っているとは思わなかった。
「技術の時間、すげえもん作ってるな、って思ってたもん」
疑問が顔に出ていたのか、コチテが言葉を続けた。俺は面食らってしまった。誤魔化すようにそっぽを向く。
「それより、コチテはフーカ、さんがヒーローになったから、ヒーローになるのか」
「ああ、そうだぜ」
俺の質問にコチテはあけらかんと頷く。
「ヒーローになったら、またフーカにも会えるかもしれないだろ」
俺は黙り込んでしまった。コチテがヒーローを目指す理由はかなり意外なものに思えた。確かにフーカがヒーローになるのなら、自分もヒーローになれば近づけるかもしれない。でも、そんな理由でヒーローになるなんて、命をかけるだなんて、かなりバカげたことのように思えた。
「本気かよ」
「本気に決まってるだろ」
平然とコチテが頷く。肩から下げた鞄から、書類を取り出して俺に見せてくる。それは候補生への志願の申請を証明する書類だった。
「ほらな」
「まじかよ」
俺の口から漏れた声はかなり、呆れた口調になってしまっていたと思う。それなのに、コチテは少し口をへの字に曲げただけだった。
「死んじまうかもしれないんだぜ」
「別にヒーローになったからって、死ぬわけじゃない」
「死ぬぜ」
俺の頭に頭に浮かんでいるのは、Mr.ウーンズの顔だった。それに婆さんの顔とあの女ヒーローの顔だった。どの顔もヒーローの微笑を浮かべていた。そして、どの顔も真っ赤な血に染まっていた。
「ヒーローになったら、いつか死んじまうんだぜ」
俺はそう言った。コチテは眉をひょいと上げてから肩を竦めた。
「かもな」
それだけ言って、でも、コチテは俺の肩を叩いてから微笑んだ。
「でも、まあ、別に死ぬって決まったわけじゃないし、その前にフーカといい感じになれるならいいんだよ」
「そうか」
俺はそれ以上何も言わなかった。言うこともなかったし、言えることもなかった。たとえ制度に縛られていなくても、結局のところ、誰かがヒーローになりたいと決めたなら、他の誰にもその選択をやめさせることはできないのだ。
コチテの言葉がどれだけ本気なのかわからない。でも、ヒーローになるというのは本当らしい。俺にはその選択を否定することはできなかった。
だから、俺は肩をすくめて首を振った。
「じゃあ、まあ、がんばれよ」
「ん、ありがと」
コチテは屈託なく笑った。
「ミイヤもヒーロー候補生になったから、あったらよろしく言っといてくれよ」
「おお、ミイヤもなんだ。あいつもあれで根っこ強いからな、強いヒーローになりそうだよな」
「ああ、そうだな。うん、たぶんな」
コチテの言葉に俺は頷いた。初めて同意できる言葉だった。
「じゃあ、リュウトも勉強頑張って」
「ああ、ありがとう」
コチテはそう言って、数歩歩いてから立ち止まった。
「あ、そういえばさ」
「どうした?」
「お前、今から募集事務所行くの」
「ああ、そのつもりだけど」
俺が頷くと、コチテはくすくす笑った。
「なんだよ」
「いや、係の人、なかなか面白い人だったから、気をつけろよ」
「え?」
俺が聞き返そうとしたときにはもう、コチテは振り返って歩き出していた。
俺は首をかしげながら、エレベーターに乗り込んだ。
【つづく】




