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「す、すげえ」
俺の口から洩れたのは、そんな気の抜けた間抜けな言葉だった。あまりにも信じがたい光景に俺はぽかんと口を開けて呆然と組み合う二人を見つめることしか出来なかった。
しゅう、とギガントモンクが鋭く息を吐いた。赤熱した背中から汗が蒸発して蜃気楼が見えた。さらに一歩、ギガントモンクが踏み込む。地鳴り。押されて侵攻型が一歩後ろに下がる。
侵攻型がギガントモンクの不条理な膂力に抗うように、もがく。こん棒のように鈍く太い形になった刃腕を振り回し、ギガントモンクの背中を殴りつける。張りつめた肉が裂け、血が噴き出し、音を立てて蒸発する。
「ぐう」
ギガントモンクが唸った。俺は思わず立ち上がった。なにかが服の裾を引っ張る。振り返る。コネアだった。コネアは何も言わずに首を振った。
「でも」
「大丈夫だ」
低い声でコネアは言った。それで俺は何も言えなくなる。再び身をかがめることしか出来なかった。
「きかぬなあ」
ギガントモンクは笑う。その言葉が嘘なのは明白だった。ギルマニア星人の刃腕の速度はさらに早まり、嵐のようにギガントモンクの背中を打ち付けた。けれども、ギガントモンクの手は緩まなかった。それどことか、侵攻型の下にもぐりこむように身体を縮まらせたかと思うと、そこからかち上げるように身体をはねあげた。
ギルマニア星人の巨体が僅かに浮かぶ。地面と侵攻型の間に生じたわずかな隙間に、ギガントモンクが身体を滑り込ませる。ギルマニア星人の抵抗がさらに激しくなる。だが、侵攻型はその下部に敵対的な物体が存在することを想定して設計されていない。侵攻型の足元に存在しうるものは踏みつぶされるべき障害物しかないはずなのだから。
だが、今やそこにギガントモンクがいた。明確な、敵対する意思を持って。ギガントモンクは右肩で侵攻型の巨体を受け止めると、左腕を大きく後ろに振った。握りしめられた拳が、さらに引き絞られる。
「どりゃあ!」
気合の声が響き渡り、ギガントモンクの拳が侵攻型の下部に叩きこまれた。
「ぎゃりゃあああああ!」
侵攻型が悲鳴を上げる。何を言っているのかは解らないが、そこに込められた意味は明白だった。苦痛と苦悶。侵攻型の巨体がうねり、暴れる。侵攻型が振り回した刃腕が近くにあった商店の壁を砕き、廃墟に変える。
「もういっぱあつ!」
ギガントモンクが叫び、もう一度、拳を引く。さっきよりもさらに大きく拳が引かれる。引き絞られた左腕がぎりぎりと音を立てるのが聞こえた。
「あ」
隣で声が聞こえた。コネアだった。コネアが立ち上がっていた。
「どうしました」
「あぶない」
コネアが呟く。俺はコネアの視線を追った。コネアはギガントモンクたちを見てはいなかった。コネアが見ていたのは先程崩れた廃墟だった。崩れゆく廃墟の瓦礫の間に小さな猫が震えているのが見えた。
「猫?」
俺が猫の姿を認めた瞬間、コネアは駆け出していた。
【つづく】




