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「汚ねえ字だな」
俺は手紙を畳んで、封筒に戻しながら呟いた。封筒を課題のテキストとノートで埋まった机の上に置く。
ミイヤたちがヒーロー訓練所にいってそろそろ一月になる。何度か思考腕巻でメッセージを送ったけれども、返信はなかった。別に心配なんてしてはいなかった。どうせ忙しいだけだろうと思っていたから。
それに、俺だって忙しかったのだ。
上級技術学校に入ってからの生活は思っていた四倍はハードだった。今まで基礎学校でやってきた勉強の二倍難しい内容を半分の時間で詰め込まれるのだ。そして空いた時間は実習やら実験やらで埋め尽くされ、家に帰っても膨大な量の課題をしないといけなかった。
毎日ヘロヘロになって家に帰ってきて、何とかその日の課題をこなすので精一杯で、ミイヤたちのことを考える余裕なんて正直あまりなかった。せいぜい毎晩寝る前に、あいつらがどうしているかを考えて、もう一度メッセージを送ってみようかと考えながら、思考腕巻を眺めて、寝落ちするまでの間くらいしか、ミイヤたちのことを考える瞬間はなかった。
だから、妹のユイナに「なんかポストに入ってたよ」と質素な封筒を差し出されても、俺はぼんやりした目でその差出人を見ることしかできなかったし、その名前を別に認識しても、感動したり驚いたりはしなかった。
ただ、さっとその手紙を受け取って、気持ちはや足で自分の部屋に戻り、扉を閉めてから中身に目を通しただけだ。
なんとも不可解なことに、手紙を読み終えると、俺の頬は勝手に緩んできやがった。もう一度手紙を読み返す。
「気が向いたら返事を書いてほしい」と書いてあるのに目が止まった。俺は溜息をついた。「気が向いたら」か。ミイヤの甘ったれは相変わらずのようだった。困ったものだ。あまり甘やかすのは良くないだろう。そう思う。
俺は部屋を出て、台所に向かった。ちょうど母さんが自動調理器の設定をしているところだったので声をかけた。
「ねえ、母ちゃん。どっかに手紙ってあったりしねえ?」
「手紙?」
母さんが振り返って聞き返してきた。
「倉庫部屋にあったかもしれないけど、どうしたの?」
俺は肩を竦めて返した。
「ああ、ちょっとミイヤから手紙が来たから。返事でも書いてやるかって」
「ミイヤ君? ああ、ヒーローなるんだっけ?」
母さんは少し遠い目をした。ミイヤは昔からこの家によく来ていた。時々夕飯も食っていった。だから、父さんも母さんもユイナもミイヤのことはよく知っていた。ヒーローになりたいというのも聞いているはずだ。
「まだ、訓練所いっただけだけど」
「ああ、それで手紙ね」
母さんは納得した顔で頷いた。
「だったら、せっかくなし新しいの買っておいでよ」
「いいよ別に。あるやつで」
俺がそう言うと、母さんはしたり顔で笑った。
「いいから、新しいの買ってきなさい。母さんがお金出したげるから」
「だからいいって、勿体ない。どうせ使うの今回だけなんだから」
「ううん」
俺は反論したけれども、母さんは首を振った。
「絶対、あんたそのうちまた使うって言うから新しいの買ってきな」
その口調は母親特有の反論を許さないタイプのあの口調だった。
俺は頬を膨らませながら、頷くしかなかった。
【つづく】




