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そうだった。ミイヤはMr.ウーンズ狂いなんだった。
Mr.ウーンズが怪我をして引退するって聞いた日は、俺の家に来て一晩中泣きやがって、俺は寝れなくて随分迷惑したんだ。
「こいつあなたの大ファンなんです」
仕方なく俺は言った。Mr.ウーンズは少し驚いた顔をして笑った。
「こんなロートルにまだファンがいてくれるなんて嬉しいね」
「ロートルだなんて、そんな……俺、ずっと憧れてて」
ミイヤはそれだけ言葉を絞り出した。Mr.ウーンズは左手を差し出した。
「左手で失礼。良ければ握手を」
ミイヤは慌ててズボンのケツで手を拭いてから、Mr.ウーンズの手を握った。
随分と長いこと握手をしてから、「さてと」とMr.ウーンズは机から書類を取り出した。怪我のことなんて意識させないような滑らかな動きだった。
「君たちは私がここにいるとは知らなかったのだろうから、純粋にヒーロー候補の登録に来たわけだね」
「ええ、そうです」
「俺はこいつの付き添いです」
頷くミイヤに俺はきっぱりと付け加えた。
「ふむ、なるほど。友人想いの人間はヒーローに向いているんだけどね」
「生憎、俺は博愛主義者じゃないんで」
俺は肩を竦めてみせた。ヒーローなんてまっぴらごめんだ。その思いはMr.ウーンズの失われた右腕の付け根を見ているとますます強くなった。
「そうかい」
Mr.ウーンズは頷くと、それ以上は俺には何も言わずにミイヤの書類を作り始めた。ミイヤがMr.ウーンズに言われて、この春に学校を卒業するのを証明する書類とIDカードを取り出すのを、俺は壁にもたれて見ていた。
もう帰ってもよかったのだけれど、どうせなら帰り道でミイヤにジュースでも奢ってやろうと思ったのだ。
この後のスケジュールは分からないけれど、じきにヒーロー訓練所に行くのだろうし、そうなったらしばらくは会えないだろうし、それなら少しでも長く一緒にいてやらないと後悔しそうな気がしたのだ。ジュースでも奢って、少しだべって、励ましてやって、手を振って別れる。せめてそれぐらいはしておきたかった。
だから俺は欠伸を噛み殺しながら、手続きが終わるのを待っていたんだ。
その時、ノックの音が聞こえた。
【つづく】