189
海月里ほとり
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志願制ヒーローたち 189
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2025年10月2日 12:51
ジジクは笑った。本人は笑ったつもりなのだろう。その顔は笑顔と呼ぶには余りにも痛々しすぎた。
「そうか」
俺は頷いた。頷くことしかできなかった。ジジクの言葉が本当かどうかはわからなかった。とうてい本当の内容だとは思えなかった。でも、ジジクの目と声は本気だった。冗談や韜晦のようには思えなかった。でも、それが本当だったとして、俺に何ができる?
「笑っちゃいますよね」
ジジクは冗談めかして笑った。ことさらに明るく、面白がるような調子だった。
「そりゃあ、自分でも諦めればいいのにって、思いますよ。向いていないんだって。わかっちゃいるんですけどね」
ジジクはゆっくりと首を振った。俺はジジクの言葉の切れ目に、そっと問いを差し込んだ。
「お前は、どうして先に進めないんだと思うんだ?」
ジジクがじっと俺の顔を見る。再びジジクの口からひきつった笑い声が漏れた。
「だって、俺……性格悪いでしょう?」
「んなことはないと思うがな」
俺は曖昧にうなった。否定するのも肯定するのもはばかられた。ジジクは首を振って続けた。
「いいんですよ。わかってるんだから。あんまりヒーロー向きの性格じゃない。ヒーローはもっとまっすぐで、誰かのために動けて、いざというときに自分を計算に入れないでおくことができる。そういう人じゃないとヒーローになれないんですよね」
ジジクは言う。遠くを見つめながら。その目はどこかここではない遠くを見つめていた。その目を盗み見る。ジジクが何を見ているのかはわからなかった。でも、どのような光景がその目に映っているのかはわかる気がした。
その目は熱く語るいつかのミイヤと同じ目だった。そしてきっと俺もそんな目をしていたことがあるはずだった。だから俺は尋ねた。
「でも、お前はヒーローになりたいんだろ?」
「ええ、そうですよ」
ゆっくりとジジクの目が俺の顔に向いた。でも。向いただけだ。その目はまだ遠くを見ていた。
「誰かにあこがれてるのか?」
僅かな間、ジジクの動きが止まる。ためらうように口が開き、閉じる。
「それでヒーローになりたいんじゃないのか」
「まさか」
俺の言葉にかぶせるように言って、ジジクは目をそらした。でも、すぐに顔を上げて口を開いた。
「そんなわけないでしょう。そんな立派な理由じゃあないですよ」
ジジクの顔は笑っていた。いつもの軽薄な笑顔を浮かべていた。真意のわからない顔だった。
口にした言葉もやっぱりいつもの浮ついた声で、本心はわからない。
「そうか」
だから、俺は頷いた。そして振りむいた。
「どうしたんですか?」
ジジクが怪訝そうな声で尋ねた。俺は一歩足を踏み出した。寝室に背を向けて、暗い廊下に向かって。
「どうしたんですか!?」
ジジクが繰り返した。俺の手を掴んだ。俺は立ち止まり、振り返る。
「オニルに聞きに行くんだよ」
「は?」
「だって、気になるだろ、お前が何でヒーローになれないのか」
俺はゆるくジジクの手を振り払ってから言った。
【つづく】




