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ジジクは俺の言葉を待っていた。じっと俺を見ながら。
俺は慎重に尋ねた。
「お前はなにものだ」
「ヒーロー志願者ですよ」
ジジクが答える。俺はさらに尋ねた。
「本当に、ただの候補生なのか?」
「ええ、普通の候補生ですよ」
「普通の候補生は私物箱の鍵を持っていない」
問い詰める。ジジクの目がふいと泳ぐ。その目は何も見ることなく、廊下の暗がりを向いた。
「俺はお前の言葉を信用できない。お前は信用できるだけのことを語っていない」
「そうなんでしょうね」
目をそらしたまま、ジジクは肩をすくめた。その横顔に浮かぶのは軽薄な笑顔。薄っぺらな仮面の笑顔。俺は一歩足を踏み出し、ジジクの顔の正面に回りこんだ。
「でも、お前は俺の班のうちの一人だ。少なくとも、今夜はまだな。だから」
俺は少し言葉を選んで続けた。
「だから、お前がなにか厄介ごとを持っているなら、俺に言え。話くらいは聞いてやる」
ジジクの目が僅かに大きく開いた。ジジクは口を開けて、音にならない声を漏らした。
一度思案するように目を閉じ、それから目を開けてからためらいがちに言葉を発した。
「ずっと候補のままなんですよ」
言葉は吐き捨てるように発せられた。俺は眉をひそめた。ジジクの言った意味をすぐには理解できなかった。
「ずっとここの予備訓練校のカリキュラムのまま、先に進めないのです」
忌々し気にジジクの頬がゆがむ。
「ここの訓練を繰り返しているってことか?」
「ええ、その通りですよ」
答える声には自らを嘲る笑いが含まれていた。俺は混乱した。確かにヒーロー候補生は誰でもなることができる。自らが諦めた場合だけを例外として。
だから、予備訓練校で合格しなかったとしても、理屈の上では再びヒーローを目指すことはできる。でも、予備訓練校を合格できないなんて――
「そんなことが……」
「あるんですよ。あるんでしょうよ。この私がその証拠だ。どうしてかは知りません。知っていたらこんなことにはなっていません。私に悪いところがあるなら、いくらでも直すのに、心当たりを全部直してみても、俺は……チキショウ!」
話すうちにジジクの言葉の熱は高まっていき、最後には怒鳴るような罵りで途切れた。はっ、と我に返ると、ジジクは再び俺から目をそらした。
ふん、と鼻を鳴らし、ジジクは取り繕うように言葉をつづけた。
「だから、それで……、知ってたわけですよ。教官たちが候補生たちに嫌がらせを仕掛けるってことは」
ジジクの言葉に俺は納得して頷いた。
「やはり、恒例の事だったのか」
「そうですよ。あなたはかなり上手くやりましたね。下手なところはもっとギスギスして、訓練どころじゃなくなって……みんな諦めちゃうときもありましたし」
「運が良かっただけだよ」
「そうかもしれませんね」
再び鼻で小さく笑ってジジクは頷いた。
「なぜそれを誰にも言わなかったんだ?」
ジジクは肩をすくめた。
「言えるわけないでしょう。オニルに止められてたんだから。二回目からはずっと装でしたよ。その時の教官に『絶対に言うなよ』って毎度毎度恐ろしい顔で脅されるんですから。それに……」
ジジクの言葉が途切れた。俺は首を傾げた。
「どうした」
ジジクの目の焦点が俺の顔に戻ってくる。ジジクは笑った。笑い、声と共に吐き捨てるように言った。
「俺はまだ教官の言うことを聞いていれば、ヒーローになれるかもって思ってるんですよ」
【つづく】




