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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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 怒り、そうだ。俺の腹の底から湧き上がってくる熱は怒りだった。俺はあの夜のことを思い出していた。ジジクと寝室で向かい合っていたあの夜のことを。

 ジジクがヤカイの私物箱の鍵を差し出していたあの夜。あの時の俺の混乱と葛藤が蘇る。不快な混乱と、不快な葛藤。それをたいした理由もなく他のやつにも押し付けていたとしたら、俺はジジクを許せる気がしなかった。

 でも、俺はその怒りを押さえつけた。湧き上がる怒りを息を吐いて散らしながら、口を開く。

「何故だ?」

 俺はもう一度問いかけた。俺は知る必要があった。ジジクがなぜそのようなことをしたのかを。そのうえで判断しなければならない。そう思った。

 ジジクは答えなかった。廊下の隅を見つめながら黙っている。俺は答えを待った。

 薄暗い廊下に、静寂が流れた。

「知りたかっただけ、ですよ」

 ぽつり、とジジクが言った。

「知りたい?」

 俺はオウム返しで問いかけた。

「何を知りたいんだ」

 再び小さな間。俺の反応を窺っているのを感じる。俺はジジクを睨み続けていた。ジジクは口を開く。

「ヒーローらしくあるとは、どういうことかです」

 ジジクは言った。俺は首をかしげたくなるのを堪えた。ジジクの言葉を上手く理解でいなかった。ジジクの顔をじっと見てその真意を探ろうとする。

 そこでようやく気が付く。ジジクの顔にはもう笑みは浮かんでいなかった。形だけは微笑みの形を作っているが、俺を見つめるその目は笑っていない。ただ真剣に俺の反応を観察している。その目に浮かんでいるのは、ある種の怯えのようにさえ見えた。

 俺は黙って頷いて、言葉の続きを促した。

「知りたいんですよ。どんな人がヒーローになれて、どんな人がヒーローになれなくて、どんな人がどんなヒーローになれるのかってことを」

「お前がやったことで、そんなのが量れるのか?」

 ジジクは笑おうとした。そのように見えた。でも、そのぎこちない笑みはいつもの軽薄な表情の模倣にさえなっていなかった。

「ええ、できますとも。人間、重要な決断を迫られたときにその本性が出ますから」

 ジジクは言う。俺は慎重に問い返す。

「お前はそれを知りたいだけだったのか?」

「そうですとも」

 ジジクが頷く。真意は読めない。俺を見つめながら問いかけてくる。

「班長殿はいかなる判決を?」

 冗談めかした言葉は、覚悟の響きをまとっていた。今度は俺が黙る番だった。ジジクの笑った目は真剣だった。冗談で返すわけにはいかなかった。

 怒りはまだ俺の腹の中に残っていた。俺は身体のわきで握りしめていた拳をそっとほどき、寝巻のズボンで汗を拭った。

 ゆっくりと息を吐く。腹で渦を巻く熱を追い払う。

「それがお前がここにいる理由なのか?」

 ジジクは神妙な様子で頷いた。

「ええ、そうです。そのために私は……ここにいて、こんなことをしているのです」


【つづく】

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