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不吉な三日月のようなオニルの口が開く。
「まあ、及第点と言ったところかな」
「あ?」
俺はオニルのにやけ顔を殴りつけそうになった。オニルは掴んでいた俺の手を、ぽんと放り投げるように離した。握りこんでいた俺の左の拳はそれで行き場を失い、所在なく俺の身体のわきで揺れた。
「そりゃあ、どうも」
わざと大きく舌打ちをしてから目をそらす。
「まあ、そうすねるな」
オニルは上機嫌な様子で俺の肩を強くたたいた。腹立たしいくらいの上機嫌だった。やっぱりもう一度殴りつけてやろうかと思ったが、やめた。俺の中で煮えたぎっていた怒りは拍子を失って行き場なく荒れ狂うだけだった。オニルの不意を打てるほどの瞬発力は引き出せそうになかった。
「お前はヒーローになれる」
オニルは言った。
「さっきと言ってることが真逆じゃねえっすか」
俺は吐き捨てるように言った。オニルは首を振って答えた。俺の乱暴な口調は気にしないことにしているようだった。
「ヒーローになるのに大事なことはなんだと思う?」
「弱きもののために戦うこと、だろう?」
半ば反射的に俺はオニルの問いかけに答える。オニルは満足そうに頷いた。
「そうだ。そしてお前はそれを示して見せた」
俺は困惑した。オニルの言葉がどういう意味なのか理解できないでいた。
「さっきの場面、お前はどうして銃を撃った?」
俺は顔を上げた。オニルは俺と目が合わせてから、しゃがみ込んだままのナリナと銃に目線をやった。ナリナは怪訝な顔で俺たちの会話に耳を傾けている。
「どうしてって……撃たないとアンタがナリナを撃っちまいそうだったから」
「でも、こいつは撃たれるだけの理由があっただろう」
俺たちを見上げていたナリナが目をそらした。俺は首を振った。
「俺はそうは思えなかった」
「そうか?」
オニルが片眉を上げた。俺は考えながら言葉を続けた。たどたどしく、不格好に言葉を紡ぐ。
「ナリナにはナリナの理屈があった。やろうとしていたことはとんでもなかったけど、あの時点でそれは阻止されていた。だったら、あそこでアンタがナリナを撃つのは正しくない、と思ったんだ」
「そうか」
オニルは頷き、続けた。
「だから撃ったと」
「ああ、そうだ」
俺は目をそらし、頷いた。ぞくり、と指先に引き金の感触が蘇る。ぞっとするような感触。それは銃口から危険な光線が発射されたわけではないと知っても消えない感触だった。
「正しさのために引き金を引けるのはいいことさ」
オニルは手の中のブラスター銃を軽く振りながら言った。その銃口が俺の方に向いても、もう恐ろしくはない。
「意味のない引き金じゃねえですか」
「正しいときに引ける、それを確かめられたなら、意味はあるさ」
オニルは俺の顔をしげしげと覗き込んで言った。俺は居心地悪くその目を睨み返した。
「お前に欠けているのは、踏ん切りの部分だったからな」
「おい、それじゃあよ」
後ろで立ち上がる気配があった。ナリナだ。
「わたしはどうなるっていうんだよ」
低くドスの聞いたその声には、かすかな不安が滲んでいた。
【つづく】