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湧き上がった怒りは自分でも驚くほどに俺の身体を敏捷に動かした。後ろで組んでいた腕を床に叩きつけ、そのままの勢いで跳ねるように立ち上がる。無理な動きに膝の関節が軋む。だがそれは気にもならなかった。
俺の腕が伸び、オニルの襟元を掴んだ。
「ほう」
オニルは興味深そうに唸った。
「その手はなんだ?」
「全部偽物だったってことかよ?」
俺はオニルの言葉を無視した。教官への丁寧な言葉遣いなど頭から消え去っていた。オニルは平然とした顔で返す。
「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」
「俺に渡したブラスター銃も、ナリナが手に入れたH142もよお」
「そうだな」
「それじゃあよ……」
俺はオニルを睨んだ。オニルは面白そうに首を傾げて言葉を待っていた。俺は口を開く。言葉は溶岩のように口からとろけ出た。
「擬態型と戦闘になったら、どうなってたっていうんだよ
「ああ、それか」
オニルは肩をすくめた。それからまるで何も気に掛けることではないとでもいうように言葉を続けた。
「どうでもいいだろう。そんなもの、いやしないんだから」
まるで当然のことを言うような口調だった。オニルの襟元を握る手に力が入る。俺は尋ねた。
「それも嘘だと?」
「ああ、そうだよ」
オニルが頷く。後ろから息を呑む音が聞こえた。ちらりと目をやる。ナリナが呆然とした顔で目を見開いているのを視界の端に捉える。かっと全身が熱くなる。ぐらぐらと焼けるような怒りが俺のはらわたを煮やした。オニルを睨む。俺の口から言葉が漏れる。
「俺らをバカにしやがってよ」
「はっははは」
オニルは愉快そうに笑った。俺の右腕が拳の形を取った。硬く握りしめられた指先が手のひらに食い込んだ。
「そうだ、その怒りだ」
「あ?」
俺が拳をオニルの顔に叩きこもうとしたその一瞬前にオニルは言った。俺の口から再び唸り声が漏れた。
「お前はなぜ怒っているんだ?」
「怒らないわけがあるかよ」
「そうじゃない」
オニルが首を振る。オニルの目は俺の目を見ていた。その顔はもう笑ってはいなかった。からかっている表情でもなかった。その目はただ、俺の頭の中をのぞくように問いかけてきていた。
「なんで、怒ったかを聞いているんだ」
「あんたが嘘をついたからだよ。俺らを騙して、馬鹿にして、からかって」
「からかったつもりはないんだがな」
オニルは首を振った
「俺は、お前らを騙した。嘘をついて、本当のことを言わなかった。でもな、からかったわけじゃないんだぞ」
「必要だったとでも?」
「ああ、必要だった」
オニルは今度はしっかりと頷いた。ゆっくりと、一つ一つの言葉を区切るように発音した。
「俺たちはお前を……お前たちを試す必要があった」
「試す? 嘘の情報に踊らされて俺たちがどれだけ馬鹿なふるまいをするかをか?」
「お前たちがどう反応するかを見ていたんだよ」
オニルは言う。オニルの襟元を握る俺の手は少しだけ力が緩んでいた。けれども離しはせずに俺はオニルに問いかけた。
「それで、そのたいそうな試験の結果はどうだったんだよ」
「そうさなあ」
オニルの手が俺の手首をつかんだ。万力を閉めるようにオニルの手が閉まる。俺は思わずオニルの襟から手を離した。
オニルの口角がぐいと上がった。
【つづく】