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「くくくくく、くははははは」
笑い声は次第に大きくなっていく。場違いなほどに荒々しい笑い声だった。声の出所を探り、振り返る。すぐに見つかった。
声はオニルの身体から聞こえた。驚き、床に転がるその身体を凝視する。そして気が付く。
オニルの身体には傷一つなかった。焼け焦げも無ければ、血も流れていない。命中したはずの肩にも穴さえ開いていない。
ゆっくりとオニルの身体が動いた。ごろりとこちらを向き――
「やるじゃあないか」
腕も使わずにぴょんとネックスプリングで跳ね起きた。
「え?」
俺はあっけにとられてオニルを見上げた。オニルは笑顔を浮かべていた。でも、いつもの恐ろしい威嚇の笑顔じゃなかった。どこか満足そうな笑顔だった。
パチパチパチと拍手が聞こえた。廊下の曲がり角の向こうからだ。そちらに目をやる。姿を現したのは、テイチャを呼びに行ったはずのジジクだった。その顔にもやはりどこか浮かれた微笑みが浮かんでいた。
「どういうことですか?」
「お前がヒーローに向いてるってことだよ」
「はい?」
オニルの言葉に俺は首を傾げた。何を言っているのかまるで理解できなかった。
おい、とオニルはジジクに呼びかけて手を伸ばした。ジジクは肩をすくめ手の中のブラスター銃をオニルに放り投げた。
「なんですか?」
オニルは銃を受け止めると無造作に銃口を天井に向けた。
「これなんだけどよ」
にやりと笑い、オニルは引き金を引いた。破壊の予感に俺は思わず目をつむった。
けれども、天井の壊れる音はしなかった。恐る恐る目を開ける。天井には穴も開いていない。オニルが再び笑う。
「まあ、偽物なんだわ」
そう言って二度三度引き金を引く。そのたびに銃口から太い光線が発射されるが、それだけだった。光線は天井を照らし出すだけでなんの破壊も起こさなかった。
「もしかして、わたしのもそうなのですか?」
低く鋭い声でナリナが言った。ナリナは床の上のH142に目を落とす。その言葉を聞いて当たりを見渡す。さっきナリナは確かにこの銃を発射したはずだった。銃声の残響はまだ俺の鼓膜を振るわせていた。
けれども、今冷静になって見てみると、廊下にも壁にも弾痕は一つもなかった。
「そういうことだ」
オニルはそう言って再び肩をすくめた。そんな、と呟きナリナは言葉を途切れさせた。
俺も何も言えなかった。ただ、混乱していた。思っていたことがなにもかも違っていたように思えてきた。
「どういうこと、ですか?」
俺はオニルとジジクの顔を交互に見ながら、すがるように言った。
オニルが掲げたままのブラスター銃は俺の手の中にあった時と同じように冷たく輝いていた。けれどもその輝きはどこか安っぽく軽いものに見えた。
「どういうこと、ですか」
俺は言葉を繰り返す。腹の中で渦巻いている混乱の底から、荒々しい熱がしみ出てくるのを感じた。
【つづく】