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 誰もいなくなった店先で、俺は呆然と立ち尽くしていた。


 色々なものが頭の中をぐるぐると周っていた。マンマゴットの言葉、クリスタルナイトの鋭い眼差し、ブラスター銃の重み、ギルマニア星人の恐ろしい唸り声。


 ……それに、ぐったりと壁にのめり込んでいた血まみれの婆さんの顔。


 俺は壁の窪みを見つめた。さっき、クリスタルナイトがそうしていたように。壁には赤黒い血がべったりとこびりついていた。


息が荒くなる。頭がクラクラする。婆さん。婆さんは無事だろうか。


「大丈夫、大丈夫だ」


 俺は声に出して言った。そうしないと悪い考えに押しつぶされてしまいそうだった。


 そうだ。大丈夫なはずだ。マンマゴットが治療をしていたのだ。生きてさえいれば、マンマゴットなら直せるはずだ。そう。活劇ではもっとひどい怪我をしたヒーローだって、復活していた。もしかしたら、いくらかの部分は失ってしまうかもしれないけれども、サイバネ技術だってある。


 だから、大丈夫。大丈夫なのだ。頭の中で繰り返す。だが、もしも……もしも、大丈夫じゃなかったら? 婆さんの血まみれの微笑み。悪い考えはさらに悪いも「もしも」を呼び寄せる。もしもあの場にいたのがフーカやミイヤだったら? 二人なら躊躇わずにブラスター銃を撃っていたかもしれない。そうしたら、婆さんはあんなに深い傷を負うことはなかったかもしれない。


 もしも、婆さんになにかあったら……。もしも、それがここにいたのが俺じゃなかったらそうはならなかったことだったとしたら。もしも……もしも……。


 たくさんの「もしも」が頭の中を暴れまわる。俺はそれを追い出そうとした。ぐらりと視界が歪む。俺は地面にしゃがみ込む。


 気分が悪い。吐きそうだった。目をつむり、全部を忘れようとする。さっきクリスタルナイトが言った通りに。どうしようもなかったのだと自分に言い聞かせて、どうにでもなる、大丈夫だと繰り返して。本当にそうなのだと自分に信じ込ませようとする。


 大丈夫。きっと、大丈夫だ。婆さんは戻ってくる。すぐにだ。マンマゴットが全部の傷を治して、なくした手足は機械に置換して。すぐにあの穏やかな微笑みを浮かべながら、店を再開する。店はずいぶん散らかってしまったから、片づけないといけないだろうけれども。なんだったら俺が手伝ってもいい。きっと、声をかければ、ミイヤやフーカだって手伝ってくれるだろう。ああ、ずいぶん散らかってしまったからな。人手はあった方がいいだろう。それで、全部片付いたら、ドクペを買って、婆さんから昔の話を聞こう。


 どんなヒーローがこの店に来てたのか、どんな風に過ごしていたのか。いや、聞きたいのはそれだけじゃないな。あの婆さんの戦い方はいったい何なんだ。それも聞かないといけない。ブラスター銃の扱いもあの膂力もただ者じゃないはずだ。素直に話してくれるだろうか。もしかしたらあの微笑みで曖昧に誤魔化すかもしれない。でもきっと聞き出してやるんだ。


 婆さんが戻ってきたら。きっと。


 俺は自分に言い聞かせた。


 誰もいない、静かで駄菓子と血痕が散乱した降池堂の店先で。


 一人、膝を抱えて、震えながら。





 でも、婆さんは帰ってこなかった。



 一週間たっても、一か月たっても、降池堂は再開しなかった。



 だから、俺はミイヤとフーカが正式なヒーロー候補者になった日にも、ヒーロー訓練所に出発する日にも、二人にドクペを奢ることはできなかった。



【つづく】


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