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それはひどく手になじんだ手触りで、俺の手はいつの間にかその冷たさを握りこみ、持ち上げていた。右腕にずっしりとした重みを感じる。俺はその重みを、ブラスター銃をオニルに向けた。
「ほう」
オニルはナリナにH142を向けたまま、目だけで俺を見た。
「どういうつもりだ?」
「銃を下ろしてください」
俺は答えた。震えて、かすれた声だった。手に持ったブラスター銃がとても重たい。手の震えが銃身に伝わって、銃口はオニルの方を向いたままおぼつかなく揺れている。俺はぎこちなく左手を持ち上げてブラスター銃のグリップに添えた。
「危険な要因は排除しないといけない」
オニルはそう言って、H142を軽く振り、目でナリナを示した。ナリナはどこか不満げに俺を見ていた。俺は首を振った。
「でも、ダメです。それは」
「何がダメだって言うんだ?」
オニルが問う。俺は言葉に詰まる。俺の頭は混乱していた。どうして自分がこんなことをしているのか、オニルに銃を向けたりなんかしているのか、わからなかった。
「こいつは危険なことをした。失敗したときのことくらいこいつも覚悟の上だ」
そうだろう、とオニルはナリナに尋ねた。ナリナは黙って頷いた。オニルの言う通り、ナリナは覚悟の決まった眼をしていた。ここで撃ち殺されるのも、納得しているということだ。でも、俺はちっとも納得できなかった。
「でも、ダメです」
俺は言葉を繰り返した。
「だから、何がダメだって言うんだ?」
オニルも苛立った口調で繰り返す。俺は口を開き、何かを言おうとした。頭の中で、胸の中で、腹の中で渦巻く、熱を言葉にしようと必死に思考を回転させる。
「それは……、それは……」
けれども言葉は出てこない。思考は空回りするだけで、声の形になってくれない。
オニルはあきれたように鼻を鳴らし、ナリナに視線を戻す。ナリナもオニルの顔を睨みつける。再び廊下の空気が張りつめる。空になったホルスターが俺の身体を締め付ける。必死に考えて、考える。何かを言わなければ。言わなければ、このままナリナは死ぬ。だって、それは……それじゃあ。
「ヒーローじゃない」
言葉が口からこぼれ出るたふむ、とオニルが俺を見た。
「そんなの、ヒーローじゃないですよ」
俺は言葉を繋いだ。たどたどしく、つっかえつっかえで、それでも言葉が俺の口から出て来る。
「危ないかもしれないから命を奪うだなんて、そんなのは乱暴すぎる」
「そうしないとお前の班員がみんな死ぬんだぞ」
「まだ殺してはいない。まだ、引き返せる」
震える声で俺は言い返した。オニルは言葉を切って俺を睨んだ。
「それで」
オニルの視線が俺の手の中で揺れる銃口を睨んだ。
「俺を脅すってわけか?」
「ええ。銃を置いてください」
ふん、とオニルは鼻を鳴らした。俺は黙ってオニルを見ていた。オニルの持つ小銃の銃身がゆっくりと下を向いた。
「これで満足か?」
「はい」
俺は警戒を解かずに頷いた。
「ナリナ」
呼びかける。ナリナは俺を見た。こういう時はどうすればいい? 頭の中にいつか見た活劇の場面がよぎった。
「ゆっくり、壁を向いて後ろで腕を組んで跪け。ゆっくりだぞ」
ナリナは何も言わずに頷き、俺の指示通りにしゃがんだ。これで逃げることも抵抗することもできないはずだ。オニルはもう一度ふん、と鼻を鳴らした。俺はオニルを見て言った。
「これでいいでしょう?」
「いや」
不意にオニルは首を振った。
「え?」
「憂いは立っておかんとなあ!」
H142の銃身が跳ね上がり、ナリナに向いた。
「やめろ!」
俺は叫んだ。叫び声とともに、俺の指が動いていた。硬い感触が指を滑る。とっさに引かれたブラスター銃の引き金は、驚くほどに軽かった。
【つづく】