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「もう就寝時間は過ぎているぞ」
オニルは廊下の隅にナリナを押し込み、ぞっとするような目で見下ろして言った。ナリナは驚愕に目を見開き、オニルを見上げて固まっていた。突然のことに俺の身体も固まってしまい、ピクリとも動けなくなってしまった。
「銃を落とせ」
オニルは言った。ナリナは握ったままだったブラスター銃を床に落とした。ごとり、と重い音がしてブラスター銃は床に転がった。
オニルがじろりと俺を見た。
「リュウト班長」
オニルの眼が俺に突き刺さる。静かな口調のままオニルが続ける。
「なにがあった?」
俺の身体は固まったままだった。それでもなんとか口を開く。でも言葉は出てこない。なにがあった? それは俺にもわからなかった。
「なにが、あった?」
オニルはゆっくりと言葉を区切りながら言った。
「わかりません。ただ、ナリナがその銃を持っていました」
「ほう、これか」
オニルは興味深そうに手元の小銃を眺めた。
「どうしてそんなものを持っていたんだろうな」
僅かな沈黙ののちに、ナリナは言った。
「擬態型を倒すためです」
「ああ」
「ご存じでしょう、我々の班の中に擬態型が紛れ込んでいるのです」
「なるほど、それでお前はこいつでそいつを撃ち殺すつもりだったというわけだ」
「はい、それが一番被害を抑えられるはずですから」
ナリナはオニルを睨んで答えた。その目にはもう驚愕の感情はなかった。強い敵意が戻ってきていた。なるほど、とオニルはもう一度呟き、銃を持っていない方の手で顎を撫でた。少し思案してから口を開く。
「だが、お前は失敗した」
オニルは言った。断絶を思わせる暗い声だった。
「誰にも気づかれず、成功していれば、そしてもしもあいつらの死骸のなかにギルマニア星人のものがあればお前はヒーローになれたかもしれないな」
「やらなければもっと大きな被害が」
「だが、それは今のお前の役目ではない」
オニルは冷たくナリナの言葉を遮った。まっすぐに伸びていたオニルの指が静かに曲がり、引き金に触れた。
「な、なにを?」
俺の口からかすれた声が出た。オニルはちらりと目だけで俺を見た。
「危険人物は処理しておかないとな」
その目は鋭かった。嘘や冗談はまるで含まれていない、本気の目だった。
「そんな」
「仕方が無かろう。こいつだって殺すつもりだったんだ、覚悟くらいできているさ。だろう? ナリナ」
ナリナは歯を食いしばり、頷いた。
「もちろんです。ただ……」
深く息を吐き、目を開きオニルを睨んだ。
「今一度、精密な調査を行ってください。それだけがわたしの望みです」
「検討しよう」
厳かな声でオニルは言った。ナリナはもう一度頷き、目をつむり頭を小銃の銃口に押し付けた。
「ま、待って」
俺の口から情けない声が漏れた。二人とも俺の言葉には何の反応も示さなかった。数秒後の惨劇を予感し、顔が引きつる。このままその予感を実現させたくはなかった。息が上がる。心臓が高鳴り、時間が鈍化する。四つん這いのまま二人に割りこもうとする。
床を這う俺の指先に冷たく硬い感触が触れた。
【つづく】