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迷いもためらいもなく、銃は滑らかにホルスターから抜けた。恐ろしい重みを感じる時間はなかった。BRATA......ナリナの小銃の爆音はまだ続いている。狙いをつける暇はない。
俺の腕は思考よりも早く動いていた。抜いた勢いのそのままに銃を投げつけていた。まばゆいマズルフラッシュの根元にめがけて。
「うっ!」
ナリナのうめき声が聞こえた。銃声が止む。ブラスター銃が床に落ち、ガシャリと硬い音を立てる。床を蹴る。俺は暗闇の中、手探りでナリナに掴みかかった。ナリナが叫ぶ。
「てめえ!」
「うっがああ」
硬く熱い感触が手に触れる。H142の銃身だ。俺はそれを側面から掴んだ。俺は全身の力を振り絞り、力任せに押した。ぐらり、とナリナと俺の身体が倒れる。二人の身体が床に叩きつけられる。
「ぐうう」
「がああああ!」
俺とナリナは床の上で唸りながらもみ合った。模擬戦闘で俺はナリナに勝てたことはなかった。ナリナの獰猛な戦闘意欲は体格に勝る他の班員たちを圧倒していた。今もナリナはその小さな体躯からは想像もできないほど強い力で、俺を押し返そうとしていた。
でも、俺はナリナに馬乗りになったまま、銃身から手を離さなかった。発砲の残熱が手のひらを焼く。痛みを無視してひねり上げる。不意に抵抗が消えた。俺は無我夢中で銃を投げ捨てた。その瞬間、俺の身体が浮いた。
ナリナが銃を投げた瞬間のわずかな隙をついて、俺の身体を跳ね上げたのだ。俺は体勢を崩し、床に手をつく。ナリナが俺の足を押し、マウントポジションから抜け出す。
「くそ!」
俺は悪態をつき、ナリナをもう一度捕まえようとした。
「動くな」
ナリナの声が聞こえた。俺は自分の額に何か硬いものが押し付けられているのを感じた。冷たく硬い感触だった。見えなくてもわかった。それは俺が持っていたブラスター銃だった。俺は動きを止めた。
脳を駆け巡っていたアドレナリンが急速に減少するのがわかった。俺は失敗した。ナリナは本気だ。ナリナはためらいなく引き金を引くだろう。
俺は目をつむった。ミイヤの顔が浮かんだ。俺がヒーローになれずに死んだと聞いたらあいつはどんな顔をするだろうか。
目を開け、顔を上げる。暗闇の中、ナリナの顔は見えない。
「撃てよ」
俺は言った。せめてヒーローらしく死んだと、誰かが伝えてくれるといいと思った。
「そこまでだ」
廊下に鋭い声が響いた。廊下の照明が一斉に点灯した。眩しさに思わず目をつむる。
「ぐえ!」
次の瞬間、悲鳴とともにナリナの姿が消えた。壁に肉がぶつかる重い音がした。かちり、と低い音。顔を上げる。そこにはオニルがいた。
オニルは壁にぶつかって呻くナリナに、アサルトライフルH142を突きつけていた。
【つづく】