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脇腹が重い。体中の感覚が全部そこに集まったみたいに、ホルスターの、ブラスター銃の存在を感じる。そこに収まった破壊の力を感じる。
「ヒーローには力がある」
ジジクの声が耳に入る。
「それを適切に使うのがヒーローの役目だ」
ジジクが言葉を続ける。ジジクはナリナに向かって言葉を発していた。けれどもその言葉は俺にも向けられているように思えた。
ヒーローの力、そしてその使い方。繰り返された問い。今が使うべき時なのはわかっていた。
いつかの光景が蘇る。血まみれの婆さん、降池堂、引けなかった引き金、そして装甲を貫かれたギルマニア星人。ナリナがその姿に重なる。銃を抜き、引き金を引けば熱線は光の速さでナリナを吹き飛ばすだろう。
そうすれば危険はなくなる。俺も、他の班員も撃たれることはなくなる。
「君はその力をどう使うんです」
ジジクの問いかけが耳に飛び込んでくる。
頭がくらくらする。力を振り絞って顔を上げる。暗い。暗い廊下の中、ナリナの目は暗い。廊下の闇より暗い目。ジジクの言葉は届いているのか。わからない。銃口は下がり、視線はジジクに向いている。今なら撃てる。
でも、俺の身体は動かない。ナリナに銃を向けられていた時よりも硬く、俺の身体は動いてくれない。撃てない。撃てるわけがない。自分の手で、誰かの奪う。その選択肢が俺の手の中にあった。だからこそ俺は動けなかった。
はあ、と風の流れる音がした。
ジジクから聞こえたそれはため息だった。
「まあ、いいさ」
ジジクは言い、一歩踏み出す。
「撃つなら、撃てばいい。君の思う正義をなせばいいでしょう」
「そうかよ」
ナリナが言った。ひどくかすれた声だった。ためらいを捨てるように静かに銃口が上がった。ジジクの胸にまっすぐに向かう。どくりと俺の心臓が鳴る。
何も決められないうちに『その時』が来た。
ぱちり、と常夜灯が一瞬強く輝いた。ナリナの人差し指がためらうように伸び、ゆっくりと引き金に触れるのが見えた。常夜灯が切れる。暗闇が訪れる。
引き延ばされた主観時間の中で俺の身体は動いていた。意識に追いつかない身体がもどかしい。俺の足が斜め前に立つジジクを蹴り飛ばした。衝撃。BRATATATA! 爆音。マズルフラッシュが暗闇を切り裂く。蹴り飛ばした勢いのまま、前に転がる。転がりながら、俺は懐に手を伸ばした。指先が冷たい銃把に触れた。
【つづく】