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ジジクは銃口を無視した。まるでそんなものが見えていないかのように、にやりと笑い、ナリナを見た。
「君の決断は称賛するよ」
ジジクは言う。俺はジジクを止めようとした。でも、俺の身体は動いてくれなかった。
ナリナの銃は完全にジジクの方へ向いていた。自分に向けられている時よりも遥かに不快な痺れが俺の身体を駆けまわっていた。
「ヒーローというのは時に決断を迫られる時がありますからな」
君はよく知っているだろうけれどもね、とジジクは付け加える。ナリナは不快そうに首を振った。
「知った風なことを言うな」
ナリナが荒々しい声で答えた。
「お前に何がわかる」
「なにも」
もったいぶった様子でジジクが首を振る。そして一歩前に足を踏み出した。
「何もわからないですとも。ナリナさん。私にはね、あなたの事なんて何もわからないですよ。もちろん。でもね」
ジジクは一度言葉を区切り、自分を睨みつけるナリナの反応をうかがってから続けた。
「君はヒーローになるためにここに来て、ここにいるのでしょう?」
すぅ、とナリナが小さく息を吸うのが聞こえた。でも、ナリナは何も言わなかった。ジジクはさらに言葉をつづける。
「今君がしていることは、つまり、君がヒーローであるために必要なことなんだね」
ジジクは問いかけた。ナリナは答えない。暗闇の中で輝く目は混乱したように宙を睨んでいるように見えた。これは隙か? 俺の頭によぎる。この混乱に漬け込めば、不意を打って銃を奪えるだろうか。
慎重に目で距離を測る。一歩踏み込み、手を伸ばせば届く距離。だが、遠い。小銃を構えた相手を相手取るには果てしなく遠い。
「勇気を振り絞って、引き金を引いて、その手を汚すのもまた、ヒーローに必要なことでしょうねえ」
ジジクは話し続ける。
「そうしないと、またいつかの地獄を見ないといけないですからね。それを防ぐのも、ヒーローの役割です」
ジジクは言った。ゆっくりと言葉を続ける。
「それが、君にとってのヒーローだってことなんだろ」
ジジクはここで言葉を切り、ナリナを見た。ナリナは動きを止めていた。銃口はまだジジクに向いている。けれども僅かにその銃の先は下がっていた。ナリナの迷いを示しているようだった。
「違うのかい?」
ジジクは言った。ぱちり。切れる寸前の常夜灯が瞬いた。一瞬の暗闇。だが、すぐに灯は点く。誰も動いていない。再び点いた明りにジジクの首筋がきらめくのが見えた。それは大粒の汗だった。ジジクの顔を見る。不敵な笑み。けれどもその口の端は僅かに強張っている。ジジクが俺に視線をよこした。何か言いたげに。
その視線は俺の顔を見て、それから俺の脇腹に突き刺さった。
脇腹のホルスターに重たい熱を感じた。
【つづく】