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チカリ、と常夜灯が瞬いた。一瞬の暗闇。俺は動かずナリナを見つめた。すぐ薄明かりが戻ってくる。銃を抱えたままのナリナも俺を見つめていた。
俺はゆっくりと尋ねた。
「誰が擬態型かわかったのか?」
「わからない」
ナリナは答えた。暗い熱のこもった声だった。俺は首をかしげる。
「じゃあ、どうしようもないじゃないか。そんなおもちゃを振り回しても、仕方がないじゃないか」
俺は言葉をつづけた。
「だって、擬態型が誰なのかわからないなら、その銃を誰に向けるべきなのかもわからないってことだろう?」
「ああ」
ナリナが頷く。わずかに目をそらし、でもすぐに俺の目に目線を戻す。挑みかかるような、獰猛な目つきで。
「わからないさ」
ナリナは言う。
「わからない、だから……」
かすかに言い淀み、ナリナは言葉をつづけた。
「だから、全員を撃ち殺さないと」
ナリナは言った。俺は固まった。
ナリナの言葉は確かに聞こえた。でも、その言葉の意味は理解できなかった。理解したと思った意味は余りにも突拍子もない者に思えた。
「なんだって?」
思わず問い返す。ナリナは何も答えなかった。ただ、胸に小銃を抱きしめた。俺と同じ支給品の無地の寝巻が銃と擦れてぎゅっと鳴った。
「冗談だろ?」
ナリナは何も言わない。
「冗談なんだよな?」
俺は言葉を繰り返した。暗がりの中ナリナの目が俺を見た。
問いかけるまでもなく、ナリナは本気だった。ナリナの声に、眼差しに、その所作に冗談めかした様子は欠片も含まれていなかった。このまま俺がナリナを通せば、ナリナは寝室で銃の引き金を引くだろう。その決意は本物で、何よりもその手の中の銃はもっと本物に思えた。
俺の全身の細胞は振り返って逃げ出し、物陰に隠れていたいと叫んでいた。俺はその叫びを無視した。真っ白になりかける思考をかき集めて、言葉を探す。
「まあ、とりあえず落ち着けよ。もしかしたら知らないかもしれないけどよ、全員を撃ち殺したら、もしもその中に擬態型がいたとしても、他のやつも死んじまうんだぜ」
支離滅裂なことを言っているのはわかっていた。痺れるように重たい自分の身体を無理に動かして、ゆっくりと一歩ナリナに近づく。ぞわりと全身の毛が逆立つ。手は届かない距離。ナリナの銃はまだ壁に向いている。けれども、ナリナの気が変われば、その銃口は俺に向き、一瞬より短い時間で俺の胴体を粉々にするだろう。
それでも、俺は言葉を続けた。できるだけ笑顔のような表情を作ろうとしながら。
「そんなことするわけにはいかないだろ? ほら、とりあえず落ち着いてよ」
「でも!」
ナリナが声を発した。引きつるような高い声だった。俺の全身が硬く強張る。ナリナは銃を握りしめて言う。
「わたしがやらなきゃ……今度こそやらなきゃ……」
半ば自分に言い聞かせるように叫びながら、ナリナは言葉を続けた。
「また、みんなが殺されちゃう」
ナリナの喉から絞り出されたその声は、悲痛な色を帯びて廊下に響いた。
【つづく】