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常夜灯の照らし出す薄暗い廊下で、俺は数メートルの距離を開けてナリナと対峙していた。その手に握られているのはかすかな湾曲を帯びた楕円の不穏な影。輪郭だけでもわかる。名鑑のページが頭に浮かぶ。
対ギルマニア星人アサルトライフルH-142型。戦闘に向かないヒーローがギルマニア星人と対峙するときのために開発された自動小銃だ。ギルマニア星人の分厚い装甲を貫き、恐ろしい刃腕を砕く特殊貫通弾を毎分1000発の速度で叩きこむ。
活劇の画面の中ではヒーローたちの頼れる相棒だったそのフォルムは、いざ向かい合ってみるとむしろ恐ろしさを感じさせた。その銃口はまだ俺のほうではなく、床のほうを向いているだけだというのに。
「いいおもちゃだな。どこで拾ったんだ?」
俺はH-142をちらりと見てから、ナリナの全身に視線を向けながら言った。口の中はからからに乾いていた。
ナリナの鋭い目が俺を見た。
「それ、言う必要ある?」
「別に……ただ、そんな大きな私物を持ち込む方法があるなら、俺も知っておきたかったってだけだよ」
俺は冗談めかして言った。慎重に、ナリナの反応をうかがいながら。そうでもしなければろくでもないことを口走ってしまいそうだった。
「教えるつもりはない」
暗く、硬い声でナリナは答える。その声はわずかにかすれていた。表情はわからないがナリナも緊張しているのだとわかった。
「それ、おもちゃだよな」
ナリナが目を大きく見開くのが見えた。短い沈黙。
「そう思う?」
ナリナが片手に持っていたH-142を持ち上げる。ひどく重たげに。俺の心臓が高く鳴った。ナリナは銃を胸の前で両手で抱えた。引き金に指はかかっていない。その重みを伴った動作と慎重さは、まるでその銃が本物であるとでも言っているかのようだった。
「ナリナ」
俺は静かに呼びかけた。
「どこからそれを持ってきたのかはわからないけどよ」
俺は言葉を続けた。。荒くなりかける息を押さえつける。
「元に返してきてさっさと寝ようぜ。明日はきっと忙しくなるからよ」
俺はナリナを見た。ナリナは答えない。固まったように微動だにせず、胸の前で銃を抱え続けている。
「ナリナ」
もう一度、ナリナの名を呼ぶ。
「明日でここからはおさらばなんだからさ」
「だからだ」
ナリナが答えた。静かな声だった。静かで燃えるような熱を持った声だった。
「ナリナ?」
「明日になれば、ここから出なければならない」
「ああ、そうだよ。だから」
「ここから出れば、班も解散になる」
「そうだな」
俺は頷く。
「だから、その前に……」
ナリナは半ば自分に言い聞かせるように呟いた。銃把を握る右手の人差し指がゆっくりと伸びる。強張った指先が鉤爪のように引き金にかかるのがやけに鮮明に見えた。ナリナが顔を上げる。
「擬態型を撃ち殺さなければならない」
常夜灯の明りの下でナリナの鋭利な視線が俺を射貫いた。
【つづく】