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「あ?」


 クリスタルナイトが声を発した。恐ろしく尖った声だった。


「手前、何のつもりだ?」


「え?」


 次の瞬間、クリスタルナイトの姿が見えなくなった。さらに次の瞬間に、俺の喉元に冷たく尖ったものが付きつけられていた。それはクリスタルナイトの「天使の羽」だった。


「え?」


 俺の口から間抜けな声が漏れた。


 俺は喉元のそれを掴もうと腕を動かした。だが、手首に激しい痛みが走って動きを止めた。目線だけ動かして手首を見る。そこにも「天使の羽」があった。喉元と手首、二つの結晶を持っているのはクリスタルナイトだった。いつの間にかクリスタルナイトは俺の目の前にいた。


 クリスタルナイトのギラつく両目が俺を睨みつけた。


「やめろ」


 マンマゴットが歩み寄り、クリスタルナイトの肩を軽く叩いた。


「そいつが通報者だ」


 それからマンマゴットは俺の手の中のブラスター銃の銃身を上から掴んだ。


「だが、こいつは預かるぞ」


 その言葉は俺に向けられた言葉だった。俺は慌てて手を離した。マンマゴットはブラスター銃を取り上げ、懐にしまった。


「これでいいだろ」


「ふん」


 クリスタルナイトは短く鼻を鳴らした。「天使の羽」が消える。


「ガキが下らねえもん持つんじゃねえぞ」


 クリスタルナイトが吐き捨てた。


「そ、そんなつもりじゃ」


「悪いな」


 マンマゴットがそう言いながら、指先で何かを弾いた。何かが手首に触れる感覚があって、すぐに俺はむずがゆさを感じた。


 目線を落とすと、短い白の触手が俺の手首の傷を舐めていた。少しくすぐったい。


「え?」


「気にするな。すぐによくなる」


マンマゴットは短く言った。その言葉が終わる前に、手首の痛みが消えていた。目の前に手首をかざしてm理宇。まるで最初からなかったかのように、傷は消え去っていた。


「早く行くぞ」


 苛々とした口調でクリスタルナイトが言った。忌々しそうな目つきで、店の壁についた窪み――婆さんがめり込んでいた窪み――を睨んでいる。


「わかっている」


 マンマゴットが頷いた。クリスタルナイトがもう一度俺を見た。


「おい」


 俺の顎を掴みながら顔を覗き込んでクリスタルナイトは低い声で言った。


「お前、今日見たことは忘れろ」


「え、はい」


 有無を言わさぬ口調だった。俺は頷くことしかできなかった。


「全部だぞ、全部。お前は何も見なかった。いいな」


「はい」


 俺はもう一度頷いた。クリスタルナイトは不機嫌そうに唸り、俺に背中を向けた。俺は震えながら頷き続けた。


 マンマゴットが俺の肩を叩き、囁いた。


「気にするな。民間人を怪我させたのを隠したいだけだ」


「あ?」


クリスタルナイトが不機嫌な怒声を漏らした。


「違うのか?」


「ったりめーだろうが。んな下らねえこと隠してどうなる」


「そうか」


「手前も下らねえこと言ってねえで、さっさと帰って本治療しやがれ」


 クリスタルナイトはまくしたてるように言い、足を踏み鳴らしながら去って行った。


 少しだけ間をおいてからマンマゴットは再び俺に囁いた。


「まあ、面倒ごとが嫌なら黙っておけ」


 それから装束の懐を叩いて続けた。そこにはわずかな膨らみがあった。


「とくにこいつのことはな」


 その時になって初めて、俺は自分がとんでもないことをしかけていたことに気がついた。


 民間人がブラスター銃を持つことは固く禁じられている。それこそ即座にヒーロー連盟に連行されてもおかしくないことだ。もちろん、今回の場合は緊急避難が認められるだろうが、それでも公になればかなり面倒なことになるはずだ。


「わ、わかりました」


「わかればいい」


 俺は頷いた。マンマゴットも頷き返してきた。


「おい、早くしろや」


 曲がり角の向こうからクリスタルナイトの不機嫌そうな声が聞こえた。


「ああ、すぐ行く」


 マンマゴットは振り返って歩き出し、もう一度俺の方を向いて言った。


「じゃあな。また、機会があれば訓練所で会おう」


「あー」


 どうやらマンマゴットは誤解しているようだった。考えてみれば、俺はマンマゴットと募集事務所で会ったのだった。俺は一瞬躊躇ってから、正直に答えることにした。


「いや、俺は別にヒーローにはならないんで」


「そうなのか?」


 マンマゴットの複眼ゴーグルが僅かにかしいだ。眉をひそめたような表情に見えた


「それは残念だ」


 マンマゴットはそれだけ言い残すと、俺に背を向けて歩き出し、曲がり角の向こうに姿を消した。



【つづく】


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