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「何故そう思うんだい?」
スナッチャーは俺を見上げ、首をかしげたまま続けた。
俺は何も言えなかった。黙ってスナッチャーの鋭利な目を見返すことしかできなかった。その大きな目に映る俺の顔はひどく情けない顔をしていた。
ふむ、とスナッチャーは唸る。
「オニルにでも、言われた?」
「いや、そんなこと」
突然図星を指摘され、俺は目をそらした。視界の端でスナッチャーがへらりと笑う。
「あの人も口が悪いからね」
「でも、事実です」
見透かしたように笑うスナッチャーに、俺は首を振って答えた。
「俺は自分でも、ヒーローになれるだなんて思えないんです」
俺は呟く。ため息をつく。息を吐きだした脇の下でホルスターがずしりと存在感を主張する。
スナッチャーが俺の脇腹を見る。意味ありげな視線。ホルスターは隠れている。気づかれはしないはずだ。でも、もしも知っているなら? それでも俺から言うことはできない。これは隠さなければならないものだ。
だから俺は口を開く。スナッチャーの意識を少しでもそらせようと。
「もしも、力を身に着けても俺は……」
ブラスター銃が重い。ホルスターの革紐が俺の身体を締め付ける。スナッチャーは何も言わない。ただ俺の言葉の続きを待っている。
「俺はそれをちゃんと、正しいときに、正しく使えるのかどうか、自信がないんです」
絞り出すように、俺の口から声が出る。それは時間稼ぎの言葉じゃなかった。自分の言葉をきいてからそれに気が付く。それで、納得する。俺はそれを恐れているのだ。
「降池堂でのことかい?」
スナッチャーが短く尋ねる。俺の肩がぎくりと動く。助け舟のつもりなのか? スナッチャーは俺を見ている。その表情はやけに真剣で、感情は読めない。でも、その通りだった。それも俺の頭に浮かんでいた場面の一つだった。婆さんのブラスター銃。俺の懐にいるのと同じ銃。そのグリップの感触。指先の引き金。重く硬い引き金。俺は頷いた。
「知ってるんですね」
「ああ、一応調べさせてもらったからね」
「でも、そうです。俺は、あの時、引き金を引けなかった。撃てていれば婆さんを救えたかもしれないのに。撃たなきゃ、俺がやられてたのに。あの時、俺の手の中には力があった。そしてそれを使うべき時だった。でも……」
あの時、俺は引き金を引けなかった。じゃあ、次は? コチテやヤカイの事が頭に浮かぶ。あいつらは力の使い方を間違えていた。それは随分と幸運なことのように思えた。間違えていたのなら、正せばよいのだから。やり直せるチャンスがあるのならば特に。
でも、踏み出せなかったのなら話が違う。間違えなければ、修正することもできないのだ。
俺の目を見てスナッチャーはゆっくりと首を振った。
「君はあの時君はヒーローじゃなかったからね」
「でも、いつかヒーローになるかもしれない」
「リュウト、その時はきっとね」
スナッチャーが手を伸ばす。包帯を巻いた手が俺の方に置かれる。スナッチャーが俺の顔を覗き込む。でもそれはいつもの探るような目じゃなかった。
「君は正しい選択ができるよ」
スナッチャーの口角がゆるく持ち上がり弧を描く。それは微笑みの表情だった。見るだけで安心するような微笑みだった。
「君はヒーローを知っているんだから」
【つづく】