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――ヒーローに向いていない。
俺は廊下を歩きながら、オニルの言葉を何度も反芻していた。オニルはそう言いながら、俺にブラスター銃を押し付けてきた。いくら頭の中にあの時のオニルの顔を思い返してみても、オニルの真意はわからなかった。
そりゃあ、俺だって自分がヒーローに向いているだなんて思っているわけじゃあない。ヒーロー協会の理念を知っているし、理解はしているが、それが人格を構成するまでしみこんでいるとは言えやしない。俺が今までに会ったことがある本物のヒーローたちとは違って。
俺がヒーローに向いている方だとは思えない。それはオニルの言うとおりだ。大変不快なことに。懐のブラスター銃の位置を弄る。それなのにオニルは俺にこの銃を押し付けた。今度は何が狙いなんだ? ギルマニア星人たちに対抗できるような力を手に入れたところで、俺はヒーローにはなれやしない。じゃあ、何が足りない?
俺は腕を組み、小さくうなりながら薄暗い廊下を歩いた。遠くから明るい話し声が聞こえた。談話室から聞こえる声だった。談話室はまだそれなりに遠いはずだが、かなり盛り上がっているようだった。急がなければならないと考えがよぎる。そろそろ就寝前点呼の時間だ。あの盛り上がりようだと気が付いていないかもしれない。
オニルにどやされるのはごめんだ。さっきの会話ではないが、オニルはまだ俺たちの教官なのだし、俺はまだあいつらの班長なのだ。考え事に遅くなりかけていた歩調を早める。
懐に呑んだブラスター銃が揺れる。相変わらず重たい存在感を示していた。俺はそれを無視した。結局のところ、オニルが何を考えているにしても、引き金を引きさえしなければ、ただの重りでしかない。危険で恐ろしい重りではあるのだが。俺はちらりと自分の脇腹に目をやり、そこに浮かんだかすかな輪郭を手のひらで撫でた。
その時、突然俺の身体を強い衝撃が襲った。頑丈な壁にぶつかったように俺の身体が吹き飛ばされる。
「へ」
間抜けな声が漏れる。ジンジンと痛む尻が冷たい床に触れていた。それで俺は自分が尻もちをついていることに気がついた。目の前には曲がり角。どうやら、ぼんやり歩いていた俺は曲がり角の向こうから歩いてきていた奴にぶつかってしまったらしい。
「いったーい」
能天気な軽い声が聞こえた。顔を上げる。やけに聞き覚えのある声だった。
「え」
俺の口からまた間抜けな声が漏れた。見上げる視線の先にいたのは、一人の小柄な女だった。包帯を巻いた手で肩を撫でながら口をとがらせているそいつは……。
「スナッチャー?」
「ああ、どこのボンヤリ野郎かと思ったら、リュウト君じゃん」
スナッチャーは俺を見下ろしながら驚いた表情を作った。
「どしたん? こんなところで」
「あー、ちょっとオニルと話してたんですよ」
ほーん、とよくわからない声を上げながらスナッチャーは俺の身体を眺めまわした。
「そういえば、そろそろ本訓練に進むんだっけ?」
スナッチャーは何気ない口調で言った。
【つづく】