164
ブラスター銃を包んだホルスターはジワリと俺の身体を締め付けていた。肩にかかる革紐の隙間に指を入れてゆすった。絞めつけられる不快感は少しも減らなかった。
ため息を一つ、続いて舌打ちを一つ。オニルの執務室から寝室に繋がる廊下には誰もおらず、静かな廊下に舌打ちの音が思いがけず大きく響いた。
もうこのブラスター銃を手放せると思っていた。予備訓練は終了だと告げられていた。オニルの下から離れることになるのならば、この重苦しい金属の固まりに別れを告げる時がきたということだ。
当然のことながら、ギルマニア星人の装甲をぶち抜けるような危険な平気は、一般人が所持していいものじゃない。俺が密かにブラスター銃を持っていても許されたのは、ここがヒーローの予備訓練所であり、教官の命令が法律よりも重い無法の領域であるからというだけに過ぎない。
予備訓練が終わり、オニルの指揮下から離れるのであれば、俺はこの危険物を手放せるはずだった。
けれども、相変わらずブラスター銃は重苦しく俺の脇腹に吊り下がっていた。
俺はもう一度ため息をついた。ため息は薄暗い廊下の空気にかすれて消えた。
◆
「これは持っていけ」
しばらくの沈黙の後、オニルは椅子に腰かけたままブラスター銃のグリップを俺に差し出しながら言った。机をはさんで直立不動の姿勢のまま、自分の眉間にしわが寄るのを感じていた。
「俺は危険物所持犯になるつもりはないです。本訓練の場所に私物箱があるのかはわかりませんが、そこに隠しておけるものではないでしょう」
「大丈夫だ。向こうの教官にもちゃんと話はつけてやる」
オニルは銃把を俺に突きつけるようにしたまま言う。その顔は真剣だった。俺の困惑はより深くなった。なにか答える事もできず、ただ首をかしげてしまった。オニルは俺の態度を拒否と受け取ったようだった。きゅっと、オニルの目が鋭くなった。
「俺の命令に逆らうのか?」
「もう、教官ではなくなるんじゃないですか」
「だが、まだ俺はお前の教官だ」
オニルは微動だにせず、俺を下からねめつけるように睨みつけた。
「銃を受け取れ、リュウト!」
オニルは言った。有無を言わさぬ鋭い声。いつもの命令の口調。半ば反射的に俺の身体はその声に従っていた。俺の手が素早く伸び、銃のグリップを握った。
重く冷たい感触が手のひらを襲った。
「でも、なぜ?」
その金属の冷たさに、はっと我に返る。一瞬だけ命令で覆い隠された混乱がすぐにぶり返した。口を開くと戸惑いがそのまま言葉となって転がり出た。
オニルは俺を見上げたまま言った。
「お前はそれを必要とする時が来るからだ」
「俺が、ですか?」
俺は首を傾げた。オニルは黙って頷いた。それは核心に満ちた態度だった。
「でも、なぜ?」
俺はもう一度同じ問いを繰り返していた。手の中のブラスター銃は、オニルに返す前に持った時よりも、ずっと重たく思えた。気を付けていないと取り落としてしまいそうだった。でも、俺の手は凍り付いたように銃を握りしめていた。
オニルは俺を見つめ、静かな声で言った。
「お前はヒーローに向いていないからだ」
【つづく】