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「納得できないか?」
オニルは俺の心の内を読み取ったかのように言った。難しいことではないだろう。俺は表情を隠せてはいなかっただろうから。
「ええ、まったく」
俺は頷いた。納得はできなかった。何か言いくるめられているような気がした。
「他に方法があったと思います」
「だったら、よかったんだがな」
オニルはため息をついた。深いため息だった。本心からでたため息だった。少なくとも俺にはそう見えた。
「ヒーローであるために、一番大切なことはなんだと思う?」
だしぬけにオニルが問いを発した。俺は少し考えてから答えた。わかり切った答えだった。何度も繰り返され、叩きこまれた理念だ。
「弱い者のために戦う覚悟、ではないのですか?」
「そうだ」
オニルは頷いた。俺の顔はかなり不服そうな顔をしていたと思う。俺の顔を見てオニルは言った。
「強いやつが、自分が強いときに弱いやつを守るのは簡単なんだよ。だがな、ヒーローはそれだけじゃあ、困るんだ」
いいか、とオニルは机に肘をつき、俺を下からのぞき込んだ。
「仲間と孤立しても、恐ろしい力に取りつかれても、どんなことがあってもだ。ヒーローはどんなことがあっても、ヒーローじゃないといけないんだ」
低く、しっかりとした声でオニルは言った。ゆっくりとオニルの手が伸び、俺の肩をつかんだ。オニルの顔は険しく、恐ろしい表情をしていた。それは訓練の時に俺達を睨みつけているあの顔、ではなかった。
それはもっと恐ろしい顔だった。見ている俺の内臓を引きずりだすような、そんな恐ろしさがあった。何が怖いのだ? オニルの顔を見て、悟る。俺に恐怖をもたらしているのはオニルの目だった。鋭い眼光。その瞳には俺の顔が映っていたが、オニルは俺を見てはいなかった。オニルの頑丈な手が俺の方に食い込む。
その目はどこか遠くを見ていた。遠くの光景を。何が見えているのかはわからない。けれども、その目に映っている光景がオニルの顔を恐ろしいものに変えているのがわかった。あの鉄の心臓のオニルにこれほどまでの恐怖と怒りの表情を浮かべさせる光景。なにを見ている?
「オニル、教官?」
気がつくと俺は呼びかけていた。ふっとオニルの目が俺の顔にピントを結んだ。
「ああ、いや」
オニルが首を振った。
「何かあったのですか? つまり、選別に失敗した事が」
小さな間があった。
「いつだって、失敗ばかりさ」
ふんと、鼻を鳴らし、オニルは机を睨んだ。
「ろくでもない、ヒーローに向いてもいないやつらを、無理やりヒーローにして、いつだって致命的なことばかり起こっちまう」
その口調はまたしてもはぐらかすようなとげとげしい口調だった。俺は口を挟もうとした。
「でもな」
不意にオニルは言った。声の温度が再びずんと下がる。
「本当にどうしようもないのは、ヒーローに向いている奴のほうなんだよ」
オニルは俺を見て続けた。
「本当は、お前もわかっているんだろう。リュウト」
【つづく】