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「これは?」
机の上に置かれたブラスター銃を見て、椅子に座ったオニルは俺をぎろりと見上げた。
「お返しします」
「そうか」
「このまま持っているわけにも行かないでしょう」
「まあ、そうだな」
オニルは気のない調子で答えた。
◆
予備訓練の終了が告げられたのは今日の訓練の終わり際だった。オニルは味気ない口調で俺たちにそれを告げ、俺たちはあっけにとられた顔でその命令を受け取った。
他の教官たちや所長による祝辞のようなものはなかった。別にそんなものが欲しかったわけではないが。淡々と私物箱を今日中に私物箱を整理しておくように告げられただけだった。しいて言えば夕食の盛りがいつもより目に見えて多かったこと以外は、昨日まで続いた日々とまったく変わらない一日で予備訓練は終了した。
ヤカイが帰還して数日経ち、班の空気は良好なものになっていた。仲直りをしたヤカイとライアのやり取りはすっかり減少していた班の中の会話の量を増やす呼び水になったし、塞ぎこんでいたコチテも元気を取り戻し、引きこもりがちになっていた班員になにくれと話しかけ、談話室に引っ張り出していた。
実感がないながらも、予備訓練が終了したという事実も、班の空気を高揚させた。いつもは自由時間はベッドにこもっている連中も出てきてわいわいと話をしていた。
俺は明るい空気に満ちた談話室から密かに抜け出し、オニルの部屋に向かった。別段、呼び出されたというわけではない。けれども、もう不要だと思ったとたんにブラスター銃の重みは耐え難いものに感じられた。
それで、俺はオニルの机の上に、丁寧にブラスター銃を置いたのだった。
◆
「もう使うことはないでしょうから」
「使わなかったんだな」
オニルはブラスター銃をホルスターから取り出し、インジゲーターを表示させ、状態をチェックした。
「使う機会がありませんでしたので」
「擬態型は見つからなかったか」
「はい、残念ながら」
「そうか」
オニルは言った。その声に込められた感情を俺は上手く読み取れなかった。怒っている風にも落胆している風にも聞こえなかった。ただ、言葉を発した、そのように聞こえた。
「もしも、お前の班の中に擬態型が潜りこんでいたとしたら、だ」
オニルは顔を上げた。冷たく鋭い目が俺の顔を射抜いた。俺はその目線を受け止め、黙ってうなずいた。
「今後、ヒーロー訓練所に擬態型が忍び込むかもしれないわけだ」
オニルは俺の目を見据え続けた。脳の中を抉りさいなむような目線。俺は静かに息を吐き、吸ってから、もう一度、頷く。
「誰かが擬態型であるという確固たる証拠は掴めませんでした」
「そうか」
オニルはそう言って黙った。沈黙。視線だけがぶつかり合う。俺は視線をそらさなかった。
「まあ、いいだろう」
ひどく長い沈黙の後に、オニルは眉を上げて言った。どかりと背もたれに身体を投げ出した。
「それがお前の判断ならな」
「はい」
俺は頷いた。オニルは怪訝な顔をした。ふむ、と一つ唸り声をあげた。
「何か言いたげな顔をしているな」
ふい、と俺の目が動いた。オニルの顔から逸れ、その手もとのブラスター銃へ。それから無意識に背後の扉を見た。閉ざされた分厚い扉は外の喧騒を完全に遮断していた。
意を決し、オニルを見た。相変わらず恐ろしい顔だった。けれども、俺はその顔をしっかりと見つめながら口を開いた。
【つづく】