16
婆さんが持っていたブラスター銃だった。俺の手がそれを拾い上げていた。ふいにぴかりとランプが光った。「射撃可能」と表示されたランプだった。俺の心臓は潰されたように縮み上がった。轟音が耳の中で蘇る。それは「破壊」そのものに思えた。でも、震える手が銃を握り直した。
銃口を戸口へと、そこから見えるギルマニア星人へと向ける。向こうは気づいていない。婆さんに向かって刃腕を振り上げている。引金に指をかける。冷たい感触が指をなでる。狙いをつける。指に力を……込めようとした。でも、指は動かなかった。
もしも、撃って、仕留められなかったら? ブラスター銃を撃ったことなんてない。当たる気なんて微塵もしない。それに、婆さんの言葉が蘇る。第七世代装甲。名鑑で読んだことがある。ギルマニア星人の最新の戦闘装甲。並の携行火力では抜けない。耐えられたら? 頭の中で鋭い刃腕がギラつく。
照準の先でギルマニア星人の大天眼が滲む。指は動かない。
「ごりゃぶろ」
ふいにギルマニア星人が唸った。大天眼が俺を見た。さっと体中の血液が凍りつく。気づかれた。
「ざゃがぁこ!」
ギルマニア星人が叫び、刃腕が俺の方に向いた。それなのに俺の指は動かない。動いてくれない。
刃腕が振り絞られる。
「ぷはーか」
空気が漏れるような奇妙な音が聞こえた。止まりかけていた息が戻ってくる。狭くなっていた視界が広く戻る。見えたのは奇妙な光景だった。ギルマニア星人の頭部の付け根に透明な結晶が突き刺さっていた。鋭くて平たい結晶だった。
「くるっこここ」
ギルマニア星人は戸惑ったように呟き、副腕を結晶に伸ばした。 次の瞬間、ギルマニア星人の全身から結晶が生えた。
その傷口から緑色の粘液が噴き出す。なぜだか、そのグロテスクな顔が何を思っているのかわかる気がした。
何が起きているのかわからない、という表情だった。
俺も全く同じ気持ちだった。困惑した表情のまま、ギルマニア星人の身体がぐったりと地面に倒れ落ちた。
「仕留めたぞ」
声が聞こえた。女の声だった。聞くだけで耳が切れちまいそうな、鋭い声だった。俺は、菓子の積まれた棚に隠れ、様子をうかがった。戸口から二人の人影がこちらに向かってくるのが見えた。背の高い女とずんぐりとした男のように見えた。
男の白装束には見覚えがあった。
マンマゴットだ。
俺は棚の陰から転がり出ていた。マンマゴットの複眼ゴーグルが、一瞬俺の方を向いた。でも、すぐに戸口のわきの壁に向き直った。俺は戸口から顔を突き出して、マンマゴットの視線の先を見た。
ひゅ、っと奇妙な音を立てて、俺の息はまた止まりかけた。
そこに、店の戸口のわきの壁に、半ば壁にのめりこむようにして、そこにいたのは、血まみれの婆さんだった。体中にたくさんの傷が刻み込まれていた。どれも深い傷ばかりだった。特に右前腕と左下腿の傷は深く、ほとんどちぎれかかっていた。まだ浅く息はしている。だが、息をしているのが不思議なほどの怪我だった。
「どうだ?」
悠然と歩きながら、女が尋ねた。女は透き通った水晶の鎧を着ていた。その時になって俺は初めて、それがあのクリスタルナイトだって気が付いた。ギルマニア星人に生えたあの水晶は、クリスタルナイトの必殺技『天使の羽』だ。
なぜ最初に見たときに気がつかなかったのだろう。あんなにファンだったのに。トレーディングカードだって全部持っているのに。
クリスタルナイトは婆さんの身体を鋭い眼差しで眺めた。
マンマゴットが婆さんの首筋に手を当ててから、険しい顔をした。
「難しいかもしれん」
「そうか」
クリスタルナイトは冷たい声で言った。マンマゴットが婆さんを肩に抱え上げた。すぐに婆さんの身体を細い触手が覆った。
「まあ、なんとかする」
「そうしてくれ、そいつが死ぬと局長がうるさい」
答えるクリスタルナイトの声は、活劇で聞くよりもずっと無機質な声だった。
「あ、あの」
俺は勇気を振り絞って、声を発した。マンマゴットの複眼ゴーグルと、クリスタルナイトの鋭い目が俺を見た。
【つづく】