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コチテは何が起きているのかまるで分らないというように目を見開き、俺たちを見つめていた。ふいにコチテの両手がひきつったように痙攣した。端正な手が鉤爪のような獰猛な形をとった。鉤爪がヤカイに向く。
「コチテ!」
俺は鋭く叫んだ。コチテはハッと息を呑み、両手を絡み合わせ、勢いを抑え込んだ。コチテの両手が抵抗するように蠢いた。
「コチテ、お前も大丈夫だ。お前なら、それを制御できる……そうだろう」
俺はヤカイの手を握りしめたまま、コチテに向かって言った。コチテは頷いた。その額には大粒の汗が浮かんでいた。
俺は二人に言い聞かせるように言った。
「お前たちのその力が、そのままヒーローになった時の力なのかどうかはわからないぜ。でも、同じくらい危ない力だってのは間違いない。でも、大丈夫だ」
俺は手を伸ばし、コチテの手をつかんだ。恐怖に震えそうになるのを、無理やり抑える。でも多分気付かれていないだろう。コチテの手も同じくらい震えていたから。
自分の手の震えも、コチテの手の震えも、ヤカイの手の震えも無視して、俺は二人の目を交互に見た。ゆっくりと言葉を発する
「お前たちはヒーローに、なる。なるんだから」
二人は何も言わなかった。談話室に沈黙が満ちた。俺たち三人の荒い息の音だけが聞こえた。不意にコチテの手の力が抜けた。コチテの顔を見る。
「そうだね」
ふう、とコチテは息をついた。ぎこちなく、口角を上がる。その顔は強張っていたけれども、笑顔を作ろうとしているはわかった。俺の手の中のコチテの手はもう獰猛な熱を持っていなかった。ただ柔らかく俺の手を握っていた。
「悪かったよ」
コチテはヤカイに向かって言った。小さな声だった。でも、確かな意思のこもった声だった。
「本当にケガをさせるつもりはなかったんだ。そんなひどいことになるなんて、思ってもいなかった。本当に、ごめん」
「いや、いいさ」
ヤカイは答え、首を振った。その声にはもう怯えも混乱もなかった。
「そんなわけねえだろって、思ったけどさ。自分も『そう』なってしまったら、認めねえわけにもいかないさ」
そう言ってヤカイは俺に握られたままの右手を軽く持ち上げて笑った。指先にはもう淀みはなかった。
「ん」
俺は二人の手をぐっと近づけた。二人はけげんな顔をした。けれども抵抗はしなかった。さらに近づけて無理やり握手をさせた。二人は笑って互いの手を取った。
「これで、恨みっこなしだぜ」
「はい、隊長殿」
「わかりましたともリュウト殿」
ヤカイとコチテは同時におどけて言った。俺はため息をついて見せた。
「ほら、さっさと寝るぞ。オニルに見つかったら面倒だ」
「「はーい」」
再び返事がそろった。俺は二人の背中を押して、談話室の外へと押し出した。
「なあ、リュウト」
談話室を出て照明の電源を落とした時に、不意にコチテが声をかけてきた。
「どうした?」
コチテは談話室の暗闇を見つめながら、少し黙った。俺は首を傾げた。コチテの顔はまだ何か言いたげな様子だった。
「なにかあったのか」
短い沈黙。コチテはちらりと廊下のほうを見てから、俺の耳に口を寄せた。
【つづく】