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「落ち着け」

 言葉の内容とは間逆に、俺の心は落ち着かず、体中の細胞が騒ぎ立てるのを感じていた。目の前にいるヤカイは危険そのものだった。破壊の力を持ち、その力を制御できず、さらにはその精神は混乱していた。

 全身の細胞が逃げ出そうとしていた。少しでも気を抜けば、くるりと振り返り、廊下に走りだしそうになる。俺はその衝動を無視した。

 顔はひきつっていたし、強張っていた。それでも俺はなんとか頭の中の笑顔をなぞろうとしていた。くそったれなヒーローたちの笑顔を。今、目の前で混乱しているヤカイにはそれが一番必要だと思ったから。

「ヤカイ、お前は、ヒーローに、なるんだろう」

 一つ一つ、言葉を区切りながら俺はヤカイに語りかける。狼狽するヤカイの目が俺を見た。俺はゆっくりと立ち上がり、手を広げた。

「いいか、ヤカイ。ヒーローは力が強いんだぜ」

 俺は言葉を続ける。ヤカイの注意を引き続ける必要があった。ヤカイの指先の淀みはまだそこにあった。でも、ヤカイは俺の言葉に耳を傾けていた。少なくとも今は、まだ。

「お前の今の右腕と同じようにな」

 俺はそう言ってヤカイの右腕を見て、砕け散ったヒーローチェスの駒を見た。ヤカイの目が俺の視線を負った。合成樹脂の破片を見て、ヤカイは恐れるように顔をそらした。指先の淀みが不安定に揺れる。

「ああ、怖いよな。でも、それがお前の力だ。お前が今持っている力だ」

 慎重に言葉を紡ぐ。警戒はほどかない。ヤカイの動きに対応できるように神経を集中させる。一歩足を踏み出す。

 ヤカイは自分の耳をふさいだ。俺の言葉を防ぐように。けれども黒ずんだ右腕はためらうように耳から少し離されていた。得体のしれない破壊の力を頭に近づけるのは恐ろしいのだろう。

 その隙間を狙って、俺は言葉を続ける。

「でもお前はヒーローになるんだろう。なら、お前はいつか力を手に入れる。その力か、別の……もっと恐ろしい力かもしれない」

 さらに一歩、ヤカイに歩み寄る。手を伸ばせば届く距離。ヤカイの動きに注意を集中させる。この距離で暴発に反応できるか? わからない。でも、引くわけにはいかない。もちろん、ケガをするわけにも。

「その時にうろたえても仕方がないだろう。お前は……」

 ゆっくりと手を伸ばす。耳元に添えられたヤカイの手に向かって。俺の指先が淀みに触れる。皮膚の表面が奇妙にねじれる感覚があった。無視する。心臓が荒々しく高鳴る。無視する。ヤカイの手を取る。びくり、とヤカイの手が強張る。氷のように冷え切った感触。そっとヤカイの手を握る。ヤカイが顔を上げる。その目を覗き込む。

「お前は、ヒーローになるんだろう?」

 その目には戸惑いと混乱があふれていた。俺はその視線を受け止める。俺は今どんな顔をしているだろうか。自分がしたいと思っている顔を作れているだろうか。俺は少しでも俺の思い描いている顔ができていることを祈った。

「お前もだよ、コチテ」

 俺はヤカイの手を握ったまま、後ろで呆然と立ち尽くしているコチテに振り返った。


【つづく】



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