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「なんの話だ?」
ヤカイがいらいらとした様子で答えた。俺は言葉を続けた。
「お前の目指しているヒーローは、お前の今しているような行動をするのか?」
「文句でも?」
俺はなだめる声を作っていった。
「いいや、ただ、お前のその行動がお前の憧れにとってふさわしいのかどうかを聞いてるだけさ」
「……せえよ」
ヤカイの口から小さな音が漏れた。俺は腰を上げ聞き返した。
「なんだ?」
「うるさい!」
ヤカイが鋭く叫んだ。指先の淀みが不規則に捻れた。
「!」
とっさに浮かしかけていた腰を落とし、身を引く。ヒョウ、と不可視の何かが鼻先を掠めた。一拍置いて破裂音が響く。視線が音の方へ向く。無残に砕けたヒーローチェスの大ゴマ。目を見開く。
「え」
声が聞こえた。ヤカイだった。振り返る。驚きと戸惑い、そして恐怖の入り混じったヤカイの顔が目に飛び込んできた。
「なにをした」
バクバクと跳ね回る心臓を押さえつけ、荒くなりかける息を堪えて、俺は静かに尋ねた。
ヤカイはゆっくりと首を振った。
「俺は、何をした?」
混乱した様子でヤカイは言葉を吐いた。俺はヤカイに注意を向けたまま、ヒーローチェスの駒に目を向けた。何か大きな力でねじ切られたように粉々に砕けている。それは一歩間違えば俺の頭が「そうなって」いたかもしれない惨状だった。
ヤカイは呆然と自分の右手を見つめた。その指先の空間が歪にゆがむ。
「待て」
俺は静かな声で言った。荒い声を出してヤカイを刺激するのはまずい、と思った。
心のうちで歯噛みする。先に気付くべきだった。ヤカイの腕はコチテと同じ、なんらかのヒーローセンスの処置が施されている。直観する。ヒーローチェスの残骸は、その処置の発現の結果だ。さらに悪いことに、ヤカイは力を制御できていない。止めなければ。でも、どうやって?
ずんと、懐が重くなった。ブラスター銃だった。冷たい金属の重みが己の存在を主張していた。無意識に手が伸びる。指先が脇腹のふくらみに触れた。その冷たさは力だった。ギルマニア星人の最新装甲さえ吹き飛ばす確かな破壊の力。その破壊の力を固めた形状をしたブラスター銃。静かに指を伸ばす。
――お前はその銃をどう使う?
頭の中に声が響いた。ラウドの声だった。グリップを握りかけた指が止まる。俺は何をしようとしている? 指だけじゃない、体中が強張る。ヤカイを止めなければならない。でも、これは正しいことか? ヒーローとしてふさわしいことか? 力の正しい使い方か?
ヤカイが俺を見た。混乱した眼差し。指先が淀み、ひずむ。それがやけにゆっくりに見える。またあの破壊が来る。止めなければ。銃を握ろうとする。でも強張った指は動かない。なぜ動かない? 正しい使い方だ。そのはずだ。本当か? 唐突に、笑顔が浮かぶ。誰の笑顔だ? それはMr.ウーンズの笑顔だった。ミイヤの母ちゃんの笑顔だった。そしてファイアーエンダーの笑顔で、降池堂の婆さんの笑顔で、ヒーローの笑顔だった。
俺は銃から手を離した。
「ヤカイ」
ゆっくりとヤカイの名を呼んだ。口角を上げる。頭の中のヒーローの笑顔をなぞるように。