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談話室の明りに露わになったヤカイの腕は痛々しく黒ずんでいた。肘のところから別の生き物を接ぎ木したように歪んでいる。不格好な血管がいたるところに浮かび、どくどくと脈打っている。
「力加減を間違って、腕の骨が砕けるか?」
びくりとひきつるようにヤカイの手が握りしめられた。ヤカイの顔が歪む。痛みのためか、それとも怒りのためか。ヤカイの左手が接ぎ木の境目を掴んだ。
その腕を見て俺の背中の毛がぞわりと逆立った。医療棟でどのような処置が行われたのかはわからない。けれども、俺が思っていたよりもヤカイの負ったケガは重く、処置もまた大がかりなものだったようだった。
「お前はなにものだ?」
ヤカイは静かに尋ねた。言葉とともにヤカイの右腕は軽く後ろに引かれた。
「俺は……、コチテだ」
「裏切者か?」
「違う」
コチテは答えた。聞こえるか聞こえないかの境、かすかな声だった。
「だろうな」
ヤカイはまったく信じていない様子で頷いた。ヤカイは今にも飛び掛かりそうな勢いでコチテを睨みつけている。コチテは床を睨んだまま、頭頂部でヤカイの視線を受け止め続けている。
二人の間に流れる空気は触れれば手が切れそうなほど張りつめていた。
俺はさりげなく腰を浮かせた。嫌な予感がした。一発殴れば、ヤカイの気もすむだろうと思っていた。けれどもヤカイの剣幕を見ると、俺の考えは間違っていたようだった。少なくとも血を見るまでは終わらない気がした。
どうする? 自分に問いかける。二人を見比べる。ヤカイはコチテに殺意にも似た怒りを向け続けている。ヤカイが右腕を静かに引いた。弓を引くように、後ろへ。その手先が刃の形を作る。鋭い刃はコチテに狙いを定める。どくり、と一際太く血管が蠢く。
俺はその腕に破壊の予感が渦巻くのを感じた。ヤカイの眼がギラリと輝く。そこにあるのは異様の力だった。それに呼応するように、びくりとコチテが僅かに動いた。身体の脇にだらりと垂れた両手が軽く握りしめられた。
「俺は、裏切者じゃない」
「そうか」
「本当だ」
コチテは呟いた。小さく震える声だった。
「本当なんだ」
半ば自分に言い聞かせるように、コチテは繰り返した。
「ああ、そうかよ」
ヤカイが興味なさそうに言う。すっとそ体勢が低くなった。
「構えろよ」
コチテは首を振った。俯き床を見ている。けれども、その拳は握りしめられたままだった。二人の間の空気がさらに張りつめる。
俺は口を開いた。
「ヤカイ」
「班長は引っ込んでろ、俺はこいつを潰す」
「待て」
「待たない」
俺に視線を向けずヤカイは言う。俺はその言葉を無視して、問いかけた。
「ヤカイ、お前はヒーローになりたいのか?」
ヤカイの殺意の気配が戸惑うようにかすかに乱れた。
【つづく】