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 どこから聞いていた? 俺はコチテに何か言おうと口を開いた。

「コチテ」

 でも、それより早くヤカイが呼びかけた。鋭く、敵意のこもった声だった。同じく鋭い目つきでヤカイはコチテを睨みつけた。

「わる……悪かったよ」

 コチテが言う。蚊の鳴くような小さな声。今にも逃げ出しそうに、後ろに体重をかけている。

「まあ、入れよ」

 俺は立ち上がり、コチテの手を引き談話室に招き入れた。僅かな抵抗があった。それでもしぶしぶと重い足取りでコチテは廊下の暗闇から談話室に足を踏み入れた。

「座れよ」

 俺はスツールを一つ、足でコチテのほうに押しやりながら言った。コチテは首を振った。全身を強張らせて立ちすくみ、俯いて床の絨毯を睨んでいた。

「それで」

 俺は二人の間に割りこむようにスツールを置くと、腰を下ろし、二人を見渡した。

「お互い、なにか言いたいことがあるのか」

 俺は二人の言葉を待った。二人とも何も言わない。沈黙が流れる。

「ヤカイ」

 俺はヤカイの名を呼んだ。ヤカイの眼が俺のほうに向く。俺は横目でその視線を受け止めながら言った。

「お前は、言いたいことがあるんだよな」

「ええ、そりゃああるけどよ」

 ヤカイは曖昧に唸った。俺の顔を疎ましそうに見た。敵意にも似た疎ましさだった。敵意に足が震えそうになる。俺は鼻を鳴らしてそれを受け流し、座面に深く座りなおした。

「いいさ、俺のことは気にするな。言っちまえよ」

「でも」

 俺はもう一度二人を見た。ヤカイは俺とコチテを同時に見ていた。警戒心を露わにしながら。コチテは床を睨んでいた。その顔は真っ青なままだった。

「裏切者だと、思ってるんだろう?」

 二人の呼吸に切り込むように、俺は言った。二人が同時に息を呑むのが聞こえた。

「そうなんだろう」

 頭の中のオニルの恐ろしい表情をなぞるように、顔を作り、二人を睨んだ。言葉を待つ振りをする。でも、視線で二人の言葉を封じる。

「ヤカイ、お前は聞いたんだろう。治療棟で、裏切者がいるんだと」

「ああ、そうだ」

 ヤカイが頷いた。俺は言葉を続けた。

「そして、その裏切者がコチテに違いないと思っているんだろう」

「ああ、そうだ」

 ヤカイはもう一度頷いた。俺はコチテに向き直き直って尋ねた。

「そうなのか」

「違う」

 コチテは小さく呟き、首を振った。はん、と鼻で笑う声が聞こえた。

「本物の裏切者が、正直に自分がそうだって白状するわけないだろう」

 振り返る。ヤカイだった。あきれた顔で俺を睨んでいた。

「違う」

 コチテは言葉を繰り返す。

「俺は……俺は……」

 コチテはぎゅっと拳を握り、その拳を見つめた。強く握られた拳は血の気が引いて真っ白に見えた。

「何か変なのは事実なんだろう?」

 ぎくり、とコチテの肩が震えた。俺はコチテに向かって、同時にヤカイにも聞こえるように言葉を発した。

「訓練のし過ぎだよ。急に力が強くなったから、上手く制御できなくなっているんだ」

 俺は言った。ラウドから聞いた言葉をそのまま二人に伝えるつもりはなかった。ラウドには秘密にするように言われていたし、ヒーローの力を一時的に注ぎ込まれているなんて、にわかには信じられないことだ。二人を納得させられるだけの話を伝えていれば、それで十分だ。

 青ざめた表情のコチテに語りかける。

「コチテ、お前はもうそれを知ってるだろう。なら、もう大丈夫だよ。少しずつ力の使い方を学んでいけばいい。な」

「でも……俺は……」

 コチテは小さく呟いた。納得している様子はなかった。俺は言葉を続けようとした。

「ふざけるな」

 低い声が聞こえた。振り返る。ヤカイだった。ヤカイは俺とコチテを睨んでいた。その目には激しい怒りが燃えていた。

「ちょっと力が強くなっただけだと? ふざけるな! 見ろ!」

 ヤカイは抑えた声で叫んだ。荒々しく袖をめくり、右腕をあらわにした。

 現れたヤカイの腕を見て、俺は、息を呑んだ。


【つづく】


 

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