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俺はヤカイの視線を受け止めた。ヤカイの顔にいつもの飄々とした笑みはなかった。俺は首をかしげて見せる。
「なにが、違うっていうんだ?」
ヤカイは口を一文字にきゅっと結び、油断のない目で俺の様子をうかがっている。俺は言葉を続けた。
「お前はお前にケガをさせたコチテを許せなくてここにいるんじゃないのか? てっきり俺はお前はその話をするためにここにいるんだと思ったんだがな」
ゆっくりと話を続ける。わざと話を引き延ばしているように聞こえるように。ヤカイは何も言わずに俺の言葉を聞いている。頷きはしない。ヤカイの左手は落ち着きなく右腕を撫でていた。
「どうせ、さっきの模擬戦の時にでもここに来るように言ったんだろう? じきに来るんじゃないのか?」
俺は談話室の入口にさりげなく視線をやった。誰かいる気配はない。少なくとも今のところは。
ヤカイはため息をついた。忌々しそうな舌打ちも聞こえた。
「俺はしばらくここにいなかっただろう?」
「ああ、そうだな」
「別の棟で治療を受けていたんだ」
「そうか」
ヤカイの言葉に俺は頷く。不思議なことではなかった。医務室はあくまで簡単なケガの手当をする設備しかない。ラウドやコチテから聞いた話が本当なら、ヤカイのケガは随分とひどいものだったのだろう。それならば、どこか別の棟に運ばれていたとしてもおかしな事ではなかった。
「治療棟で聞いたんだ」
短く吐き出すようにヤカイが言った。
「何を?」
ヤカイは再び口ごもった。俺は頷き、先を促した。ヤカイがごくりと唾をのむのが聞こえた。一度唇を強く嚙み、俺を睨みつけたまま口を開く。
「裏切者がいる」
今度は俺の心臓がどきりと鳴る番だった。脇腹のブラスター銃がズシリと重くなる。目をつむり、開く。何事もないように頷く。声を抑え、僅かに身を乗り出して尋ねる。
「誰がそんなことを?」
「オニルとテイチャだ。俺のベッドの側で話しているのが聞こえた。俺の傷の話をしていた。俺が寝ていると思ったんだろう。やろうとしてやらなければ、こんなけがはしないと言っていた」
「それが、コチテだと?」
ヤカイは何も言わずに小さく頷いた。それが事実だと確信している顔だった。
俺は、内心で安堵のため息をついた。ヤカイは誤解しているだけだ。ラウドの言葉を思い出す。コチテの試練の話を。ヤカイのケガはただの事故だ。事情を話せばヤカイも納得するだろう。気が済むとは限らないが。それでもコチテが謝って、ヤカイが一発コチテを殴れば解決するだろう。遺恨は残るかもしれないが、解決不能ではない。
「あのな、ヤカイ」
俺は穏やかな調子を心がけながら口を開いた。
「あ」
声が聞こえた。背後、談話室の入り口からだ。
「誰だ!」
ヤカイが鋭く叫んだ。俺は手を伸ばし、ゆっくりと扉を開いた。
そこに立っていたのはコチテだった。
コチテは何も言わず立ち尽くしていた。その顔は蒼白で、岩のように強張っていた。
【つづく】