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「ああ、えっと」
俺は今の状態を何とか言葉にしようと口を開いた。でも、出てきたのは言葉にならない呻き声だけだった。
『誰だい? 君は』
「あ、ああ、いたずらじゃないんです」
問われて飛び出した言葉は間抜けな言葉に思えた。でも、それが本心だった。いたずらだと思われて、通信を切られること、それが一番恐ろしかった。だから、俺は言葉を続けた。
「本当なんです、あの、えっと」
『……わかった。大丈夫だよ』
少しだけ間が開いて、穏やかな声が返ってきた。
『そこは降池堂だね?』
「ええ、そうです」
短い問いに、俺は短く返した。
『ありがとう。それで婆さんは、今出られないんだね?』
「ええ、そうです」
もう一度頷いてから、俺は言葉を足した。
「そうなんです。あの、ギルマニア星人が来て、擬態型で、今婆さんは戦っていて」
『……なるほど』
スピーカーの向こうで声の主が息をのむのを感じた。
『君は大丈夫なのか?』
けれども、次に聞こえた声はまた穏やかな調子に戻っていた。
「ええ、大丈夫です。婆さんが逃がしてくれて、隠れてて、でも、婆さんが、早くしないと」
『大丈夫だ』
俺の言葉を遮って声は言った。その声はすごく力強い声だった。
体の中で跳ねまわっていた俺の心臓は少しだけ落ち着いたように思えた。だから、俺は相手が通信が切る前にもう一度口を開くことができた。
『すぐに行くから、安全なところに隠れて居なさい。何があっても出てはいけない』
「わかりました、あの」
『どうした? まだ何かあるのかい?』
「あの、婆さんは第七世代装甲を付けた擬態型だって言ってたと思います」
また、小さな間があった。
『わかった。ありがとう。すぐに向かう』
「はい」
俺の言葉を聞いてから、通信ノイズが途切れた。俺は全身の力が抜けていくのを感じた。ヘタレこんでカウンターにもたれかかる。これで、大丈夫だ。すぐに救援が来てくれるだろう。
「んならぁあ!」
叫び声が聞こえた。雄たけびにも、悲鳴にも聞こえた。
俺はカウンターから頭を出そうとした。でも、その途中で中途半端な姿勢で固まってしまった。頭の中で「隠れていろ」という声と「状況を確認しろ」という声がぶつかり合った。
「んならぁ!」
再び、叫び声が聞こえた。今度は続いて、激しい衝撃音がして、店が揺れた。
何が起きている? 後者の声が僅かに勝った。そっと頭だけカウンターの上に出して様子を窺う。狭い戸口からは何も見えない。目を凝らす。何かが地面に落ちているのが見えた。あれは? さっと顔の血の気が引くのがわかる。
それは刻まれてねじ曲がったベンチだった。
婆さんが振り回していたベンチだ。
婆さんが、武器として、身を守っていたベンチだ。それが婆さんの手を離れているということは……。戸口に影が現れる。それはギルマニア星人だった。ギルマニア星人も無傷ではなかった。いくつかの副腕が折れていて、刃腕も刃が欠けている。でも、まだ動いていた。何かに向かって刃腕を振り上げる。見えないけれど、そこに誰がいるのかはわかる。
俺の頭に婆さんの顔が浮かぶ。婆さんは笑っていた。ヒーローたちと同じ穏やかな微笑みだ。くそったれな微笑み。頭の中でその笑顔が血に染まる。くそったれ、くそったれ。
その時だった。俺は視界の端に、店の床に何かが転がっているのに気がついた。俺はそれを見た。
それは、ブラスター銃だった。
【つづく】




