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俺は暗闇を見つめていた。就寝時間が過ぎて、共同寝室の灯は消されていた。いつもは気にならない班の連中の寝息やらいびきやらが今日はやけに耳障りに聞こえた。訓練でくたびれ果てていたけれども、俺は何故だか今日は眠れずにいた。
頭の中を駆け回っているのは、ヤカイの突然の帰還だった。
もちろん、帰ってきたのは喜ばしいことだった。身体の部位が欠損していなかったことも。コチテの取り乱しようとラウドの言いぶりから俺は最悪の事態も予測していた。
ヤカイは五体満足で帰ってきた。今日戻ってきて、訓練にもそのまま参加した。
訓練でも以前と変わったところがあったわけではない。ヤカイは今までと同じひょうひょうとした態度を崩さなかった。
いや、とひとりごちる。
しいて言えば前よりも、身のこなしが鋭かったか? そんなことを思い返す。模擬訓練で以前は攻めあぐねていたハングラやサルワとのマッチアップで、果敢に手を出し惜しいところまで迫っていた。とりわけコチテとの試合は激しいものだった。がっぷりと四つに組み合い、そのまま動かなくなった。さぼって止まっていたわけじゃない。二人の力は拮抗していたのだ。その証拠に二人は真っ赤な顔を寄せ合い唸っていた。あれが演技だったとしたらヒーローを目指すのなんか止めて役者にでもなるべきだ。
結局二人の取っ組み合いは業を煮やしたオニルが止めるまで続いた。二人は距離をとって礼をしても真っ赤な顔をしていた。
不吉な程に真っ赤な顔だった。俺は寝返りを打った。ついでにため息をつく。ヤカイとライアの間の遺恨は片付いたようだったが、それで全ての問題が解決したというわけではなさそうだった。やっかいごとは早いうちに潰しておかなければならない。
なんにせよ、ヤカイから話を聞く必要があった。今日は良いタイミングがなかった。自由に動ける時間には、ヤカイは皆に囲まれて不在の間の事情を聴かれたり、逆にヤカイのほうも自分がいない間のことを確認したりしていた。その会話に耳を澄ませていたけれども、ヤカイは班から離れている間に何があったかについては、曖昧な笑みを浮かべてごまかしていた。
明日こそはどこかにヤカイを連れ去って話を聞かなければならない。どのタイミングが良い? 模擬訓練か長距離走で懲罰を受けるように囁くか。誰かが倒れた時に手伝わせるか。邪魔の入らない方法を考えなくては。それもコチテの膂力と平気で組み合えるヤカイに対して。もう一度寝返り、ため息。
ぎしり、と床が鳴った。閉じかけていた目を開いた。誰かがベッドから抜け出したのが見えた。誰だ? 暗闇の中でよく見えない。首だけ起こして目を凝らす。抑えた足音が静かに部屋から出ていく。
ざわり、と胸が騒いだ。静かに身体を起こす。部屋を見渡す。他のベッドからは変わらず寝息といびき。ようやく目が慣れてくる。一つだけ平らなベッドがあった。あのベッドには見覚えがある。最近調べたベッドだ。
俺は静かに深く息を吐いた。
あれはヤカイのベッドだ。
【つづく】