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 食堂は緊張に満ちた沈黙が支配していた。テーブルを囲む班員たちはしきりにヤカイの様子をうかがい、その一挙手一投足を見逃すまいとしていた。

 けれども当の本人はどこ吹く風、淡々とパンをちぎって皿に残ったベーコンの脂を拭っては口に放り込んでいた。その様子いなくなる前と変わったところはなかった。そして、その変化のなさこそが、俺には恐ろしく感じられた。

「ヤカイ」

 沈黙を破ったのは、ライアだった。いつもの三倍くらいの速度で飯を口に詰め込んだライアはじろりとヤカイを見つめながら低い声で言った。

「どうした?」

 ヤカイが答える。ライアはぐっと喉が詰まったような声を上げると、コップを掴み、ごくりと一口水をあおった。班員たちは皆、気にしていないふりをして、各々食事を口に運びながら、二人の会話に全神経を集中していた。

「その……」

 ヤカイの怪訝そうな顔から眼をそらし、ライアは空になった食器に目線を落とした。そのままフォークで軽く皿の表面をひっかく。沈黙があった。やがて決心したようにライアは顔を上げ、ヤカイを見た。

「悪かったよ」

「……なにが?」

 ヤカイは不思議そうに首を傾げた。心底不思議そうな顔だった。ライアが何を気にしているのか、まるで解っていないかのような。けれどもライアはヤカイの表情に気が付いていない様子で言葉をつづけた。

「その……疑って、酷いことを言ってしまって」

「ああ」

 ヤカイは少し意表を突かれたように眼を見開いた。そのことか、と小さくつぶやくのが聞こえた。ライアは思いつめた表情で言葉を続ける。

「お前じゃなかったんだよな。それなのに、疑ってしまって、あたしはお前に……」

「別に、いいよ。そんなことは」

 ヤカイは肩をすくめて、笑った。

「今まで、忘れてたぐらいだよ」

「そうなのか?」

 ライアは驚き、眉根を寄せた。ライアの真剣な顔とは対照的にヤカイの顔はどこか退屈にさえ見える顔だった。

「ちょっと色々あったからね」

 ヤカイはゆっくりと首を振った。平気そうな顔をしているけれども、ヤカイの左腕は落ち着きなく逆の腕をさすっていた。

「なにがあったんだ?」

 堪え切れず、俺は身を乗り出して口をはさんだ。ライアが不満そうに俺を見た。俺は無視した。

「心配したんだぜ」

「ええ、班長には心配をかけて、すみませんでしたね」

 ヤカイは素直に頭を下げた。俺は拍子を外された気持ちで話を戻す。

「それで、なにが?」

「また、後で話しますよ」

 ヤカイは俺の目を見て、「班長殿」と強調しながら付け加えた。俺は頷いた。この場では何も言うつもりはない、ということだけは解った。だから俺は口調を変えていった。

「で、ヤカイよ」

「なんでしょう?」

 ヤカイは首を傾げた。俺は少し体をよける。できた隙間にライアの身体を引き寄せる。

「なんですか、班長」

 ライアが戸惑いの声を上げる。

「ライアの事は水に流してやれるかい?」

「ええ、もちろんですよ。そもそももう気にしてませんし」

「だってさ、ライア。よかったな」

「え、ええ」

 ライアは釈然としない顔のまま頷いた。

「ほら、握手して仲直りだ」

 俺は二人の手を取り、握手をさせる。

「すまなかった」

「いいさ」

 ライアの言葉にヤカイはうなずいた。

 とりあえず、二人のいざこざは解決できたという事でよいだろう。俺は胸をなでおろす。これでライアの精神が落ち着けばいいのだが。そう思いながら二人の顔をうかがう。

 ライアはぎこちない笑顔を浮かべ、ヤカイはすました顔で答えていた。

 すい、とヤカイの目が動き、とまる。俺は何気なくその目線を追った。視線の先にいるのは、コチテだった。テーブルの隅で落ち着かない表情を浮かべている。ヤカイの目がぎらりと鋭く光った。


【つづく】

 

 

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