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「まあ、いいさ」
ラウドは笑う。犬歯は見えなくなった。
「お前はあたしに銃を向けなかった。向けようと思ったのはわかるけどな。止めたならまあ十分だろう」
ひとりごちるラウドの表情は満足そうなものにも見えた。その笑顔は今まで以上に不気味に見えた。俺は咳ばらいをして、首を左右に振った。
「それで、何を教えてもらえるんですか?」
「何から教えてほしい?」
俺の質問に、ラウドは質問で返してきた。俺は口を開き、閉じた。
いざ「教えてやる」と言われたら何から聞くべきか解らなくなった。ラウドの眼光は鋭すぎた。微笑むその目はまだ俺の思考を覗いているように思えた。慎重さが必要だった。しばらく思案し、再び口を開く。言葉を確かめながら尋ねる
「コチテの身に何が起きている?」
「何とはどのことだ?」
コチテが尋ねる。俺は言葉を重ねる。
「……力を制御できなくなったことです」
「力持ちになってしまったんだろう」
そっけなくラウドは答えた。俺は咳払いをして苛立ちを隠して質問を続けた。
「どのようにして力持ちにさせたのですか?」
「あたしらがやったっていうのかい?」
ラウドが俺を睨む。でも俺は胸に湧き上がる恐怖を無視した。頭の中で荒れ狂う疑念の渦を捕まえて、それを言葉にする。
「はぐらかさないでくださいよ。俺たちへの調査の一つじゃないんですか? コチテの力が強くなってコチテが困るかどうかを試しているんじゃないんですか?」
ふむ、とラウドは唸った。顎をさすって考え込む。
「そんなことができると思っているのかい?」
「できないのですか?」
俺は、ラウドを睨んだ。沈黙。ラウドも思案しているのがわかる。俺に言うべきことと俺に言うべきでないことを峻別している。そのように思えた。
「例えば……ヒーローセンスの応用だとか」
ラウドの目が僅かに大きく開いた。ほう、と小さな声がラウドの口から洩れた。
根拠があったわけじゃない。ただ、ここはヒーローになるための場所だった。そしてコチテの問題はヒーローになるための試験だった。行ってみればあてずっぽうで鎌をかけただけだった。けれども、少しは核心を掠めたようだった。
「まあ、いいだろう」
ラウドは言葉を繰り返した。ゆっくりと首を振る。
「飯を食って訓練をしたら強くなった、って言っただろう」
おもむろにラウドは言った。俺は眉根を寄せた。またはぐらかされるような予感がした。口をとがらせ、文句を言おうとする。ラウドは手をかざして俺を制した。
「それは嘘じゃない。お前らオニルにしごかれてから、毎日腹いっぱいに食堂の飯を食ってるだろう?」
「ええ、そうですが」
「それが理由だよ」
「どういうことですか?」
「あの爺さんの飯、上手いだろ?」
「そりゃあ、おいしいですけれども」
突然投げかけられた場違いな問いに俺は言葉を詰まらせた。
ラウドはにやりと笑って、言葉をつづけた。
「お前は知らんかもしれんが、あの爺さんもヒーローの一人なんだよ。料理が得意な」
【つづく】