140
「お早いお戻りで」
ノックして扉を開けた俺を見て、ラウドは少し驚いたように目を見開いた。
「また誰かがケガを?」
「ええ、そんなところです」
ラウドの韜晦に俺は素直に頷いて答える。ラウドの驚きがさらに濃くなった。
「入ってもいいですか?」
「もちろん。どうぞ」
ラウドに招かれ、俺は医務室に入りそっと扉を閉めた。ベッドに目をやる。仕切りはまだ閉まったままになっている。
「ハングラなら、もう寝たぜ」
「そうですか」
俺の視線に気がついたのか、ラウドはさりげなく言った。そのまま診察椅子の上に積み上げられていた書類をどけると、俺に向かって手招きをした。
「まあ、座りなよ」
「はい」
「ケガをしたっていうのは、お前がか」
「……はい」
俺は椅子に座り、頷く。ラウドの片眉が上がる。
「なにがあった」
「これです」
俺はラウドの質問にあえて答えずに、シャツの袖をめくり上げた。指先が肩を掠め、俺は顔をしかめる。ラウドの目が鋭く光り、俺の肩を見た。
「なにが、あった」
質問が繰り返される。その声にはもう冗談も、ごまかしも通用しそうには無かった。俺は観念して口を開いた。
「ちょっと事故がありまして、コチテに突き飛ばされて、こうなりました」
「……そうか」
ラウドは思案しながら頷いた。
「触るぞ」
ラウドの手が伸び、俺の肩に触れた。ぐう、と俺の口から唸り声が漏れた。コチテに突き飛ばされた部分は、真っ黒な痣になっていた。
「ひどくやられたな」
「はい」
くいしばる歯の隙間からなんとか返事を押し出す。ラウドに触れられるたびに鈍く強い痛みが走った。
「上脱げるか」
「はい」
頷きはしたものの、肩の痛みを堪えながらシャツを脱ぐのは困難を極めた。ラウドの手も借りながら、なんとか脱ぎ終えた時には肩の痛みは熱を持ち始めていた。
「それは?」
問われてハッと身体に目を落とす。俺の体にはオニルから託されたブラスター銃のホルスターが巻き付いていた。ホルスターは身体になじんでいたし、肩の痛みが俺の意識を独占していた。まずいものを見られた。頭が真っ白になる。
「これは、その」
言葉を絞り出そうとする。けれども混乱した頭で意味のある言葉を作り出すのは難しかった。
「オニルにでも、持たされたか?」
「え、あ、はい」
ラウドの助け舟に、俺は飛びつくように頷いた。ラウドはそれ以上追及はしなかった。何故だ?訓練候補生がブラスター銃を持っているのはそれほどありふれたことではない。
「ぐうう」
でも発しようとした質問は、ラウドの容赦ない触診の痛みで遮られた。ラウドは真剣な顔つきで俺の肩に軟膏を塗りつけていく。触られるたびに痛みは増していき、俺の思考を塗りつぶしていった。俺は情けない悲鳴を漏らさないように歯を食いしばることしかできなかった。
「こんなもんか」
包帯の端をテープで止めながら、ラウドは言った。いつの間にか俺の肩には包帯が巻かれていた。
「寝る前にまた来い」
立ち上がり、器具を片付けながらラウドが言う。包帯は器用にホルスターを避けて巻かれていた。包帯の下に痛みはまだ残っていたけれども、耐えられる範囲におさまっていた。
「ありがとうございます」
「ん。今日は激しい運動はできんと、オニルには伝えておけ。あたしが言ったと言えばやつも無茶はさせまい」
「わかりました」
俺は頷いて、シャツをとった。ラウドは何も言わずに俺の手からシャツを奪うと、頭からかぶせてきた。
「わっぷ」
「あたしは別に細かいことは気にせんが、他のやつらには気づかれるなよ」
シャツを被ったままの俺にラウドが言った。ラウドの手がホルスターを撫でるのを感じた。
「ええ、ちょっと今のは油断しただけです」
「オニルにどやされるからな」
俺はシャツと格闘してからなんとか腕を袖に通した。ようやく開けた視界の中でラウドは笑っていた。無茶な姿勢をとってしまったのか、肩がずきりと痛んだ。
「痛むか?」
「いいえ」
俺は嘘をついて首を振った。嘘だというのはバレているだろうけれども、ラウドは何も言わなかった。
俺は立ち上がろうとした。けれども、その瞬間コチテの顔が頭に浮かんだ。さっき見たばかりのコチテの顔だ。コチテは焦燥と恐怖に青ざめた顔をしていた。俺は浮かびかけていた腰を再び椅子に下した。
「どうした?」
怪訝な顔でラウドが尋ねた。俺はラウドの顔を見つめながら、疑問を口にした。
「いったい何が起きているんですか」
【つづく】