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「心配、していますよ」

 コチテが言った。強い口調だった。思わず隣を見る。コチテは眉間に深い皴を寄せ、睨みつけるようにラウドを見つめていた。

「そいつは結構。話は終わりだ。とっとと帰ってオニルに報告しな」

 でも、ラウドはコチテの表情なんてまるで気にしないという風に、ひらひらと手を振った。もうコチテへの興味なんてまるで失ったみたいに、今にもハングラの方に振りむこうとしている。本来の自分の仕事のために。

「室長!」

 コチテは叫んだ

「うるせえぞ。ここは医務室だ、静かにしな」

 ぎろりとラウドがコチテを睨み返す。鋭い目線。模擬戦でオニルが対戦相手に向けるときのような恐ろしい視線。コチテの喉がぐう、と鳴る。

「お前が心配してるのは、ヤカイのケガの具合じゃなくて、お前がしでかしてしまったことのほうだろう」

 ラウドは吐き捨てるように言うと、今度こそハングラの方に向き直った。その顔が向こうを向くその瞬間、ラウドはちらりとコチテを見た。俺は肺が何かに掴まれたような気がした。その目に浮かんでいたのは、軽蔑と無関心の入り混じった冷たい目だった。

「失礼、しました」

 コチテは食いしばった歯の隙間から声を押し出すようにして言った。

「ん」

 ラウドは振り返りもせずに、唸ると背中越しに手を振った。

 コチテはそれ以上何も言わずに廊下のほうへと振り返った。コチテの手が眼に入った。その手は固く握りしめられていた。あまりにも強く握られたその拳は小さく震え、真っ白になっていた。

「コチテ」

 俺は声をかけた。コチテは何も答えなかった。まっすぐに廊下をにらみ大股で歩き出す。いつもニコニコ笑っているコチテがこんなに怒りを露わにしているところなんて初めて見た。

「失礼します」

 俺は慌てて言葉を残してコチテの後を追って、廊下に駆けだした。

 ラウドもまた、何も言わないままだった。



「どうしたんだよ」

 足早に大股で歩くコチテになんとか追いついて、俺は声をかけた。コチテは何も言わずにしばらくそのまま歩き続けた。その顔は未だに燃えるように真っ赤に染まっていた。

「コチテ」

 俺はコチテの肩に手を置いた。そのまま後ろに引っ張った。

 少し俺を引きずってから、ようやくコチテは立ち止った。

「行かないと」

 俺のほうから目をそらしたまま、コチテが言う。

「今の状態のお前が戻っても、ろくなことにはならねえよ」

「オニルにどやされる」

「何があったんだよ」

 俺はコチテの前に回り込み、その目を覗き込みながら尋ねた。コチテは俺の目線から逃れるように、目を伏せた。

「ラウドの言ったことがそんなに気に障ったのか?」

「別に、そういうんじゃない」

 床をにらんだままコチテは言う。苛立ちのこもった激しい声だった。

「そういうんじゃないって顔には見えないぜ」

 俯くコチテの眉間に寄る深い皴を眺めながら俺は言った。コチテは何も答えなかった。コチテの様子を観察したまま、慎重に言葉を発した。

「なあ、もしかして、なにか心当たりがあるんじゃないのか? ラウドの……」

「うるさい!」

 コチテが叫んだ。肩に痛みが走った。浮遊感。衝撃。俺は尻もちをついていた。

「あ」

 コチテが驚いたように目を見開く。それで俺はコチテに突き飛ばされたのだと気が付いた。

「悪い」

 コチテが小さくつぶやき、再び目をそらす。

「別に」

 俺は埃を払いながら立ち上がった。

「言えねえことなら、言わなくてもいいけどよ」

「いや……」

 コチテは口の中で曖昧に何かを言って黙り込む。俺はため息をついて振り返ろうとした。

「でも、そうかもしれない」

 背後からコチテの声が聞こえた。それは独り言のようにも聞こえた。けれども誰かに伝えようとしている声にも聞こえた。だから、俺は振り返った。


【つづく】



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