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か細く、それでいて意志のこもった声でコチテは言葉をつづける。
「俺たちが酷いけがをすると、めんどくさいことになるのだと。室長はそう言いました。それは、そうなのかもしれません。俺たちは曖昧な立場ですから。でも……」
コチテの目つきは鋭かった。ほとんど睨みつけるようなまなざしだった。コチテは意を決したように途切れた言葉を継いだ。
「あの夜からヤカイは帰ってきません」
「そうだな」
ラウドが静かに頷いた。
「いったい、ヤカイに何があったのですか。めんどうとはいったい、何がめんどうなのですか? いったいどうして、ヤカイは帰ってこないのですか?」
コチテは激しい口調で問いをぶつけ続けた。目を見開き、ラウドの一挙一動さえ見逃さないというように。俺はラウドを見た。
ぞっ、と背筋が凍った。
ラウドの顔にはどんな表情も浮かんでいなかった。コチテの言葉を聞いているはずなのに、その思いがまるで届いていないような、どこか退屈にさえ見える顔をしていた。
コチテの言葉が途切れる。コチテもラウドの表情に――表情の欠落に気が付いたのだろうか。息を詰まらせ、ラウドを見つめている。ラウドの口が動いた。
「やめた」
「え?」
コチテの口から声が漏れた。ひどく間抜けに聞こえる声だった。
ラウドがくるりと背中を向けた。ハングラのベッドの仕切り布をわずかに開けて覗き込む。
「室長」
俺は呼びかけた。言葉は続かなかった。何と続ければよいのか解らなかった。間抜けな顔をしたまま、隣のコチテの方を向く。コチテは俺と同じくらいあっけにとられて、ラウドの背中を見つめていた。
ラウドは何も言わず、かがみこみの顔を見ていた。
「どういうことですか」
しばらくしてようやくコチテが声を発した。
「何があったのか、教えてくれないのですか?」
「ああ、そうだ」
「なぜです?」
コチテが問いかける。俺の胸に浮かんでいたのもまったく同じ疑問だった。ラウドの急な心変わりの理由が、俺にも解らなかった。
「お前に教えても仕方がないからだ」
「仕方がないって」
「覚悟、できてないだろ」
「覚悟?」
コチテが首を傾げる。コチテが問い返すよりも早く、ラウドが言う。
「だって、お前はよお」
その声はぞっとするような低い声だった。ラウドの大きな体がゆっくりと振り返った。先ほどと同じ無表情。俺たちに価値を認めていない無関心。鋭く細められたラウドの両目が鋭くコチテにつきささる。
「別にヤカイのこと、心配してはいないのだろう?」
【つづく】