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 ラウドは何も言わずハングラをいじくりまわした。俺はどこか居心地悪くそれを見ていた。隣のコチテの顔をうかがうと、コチテも同じような顔で俺を見返してきていた。俺はできるだけ平気そうな顔に見えるように表情を作った。

 ラウドは時折唸り声をあげながらいろいろな角度からハングラをつついた。そのたびにハングラの口から悲鳴のようなうめき声が漏れた。

「まあ、いいだろう」

 ひとしきりつつきまわしてから、ラウドはライトをポケットにしまった。そのままハングラをベッドに横たえると、シャッと音を立てて仕切りのカーテンを閉めた。

「どうでしたか?」

 静寂に耐え切れず、俺はラウドに尋ねた。ラウドは振りむきながら首を振った。

「ああ、今のところは大丈夫だろう。念のため今日は休ませておく。オニルにはそう伝えておいてくれればよい」

「は、はい」

 思いがけずあっさりとした言葉に俺は戸惑いながら頷いた。

「大丈夫なんですか?」

「今回はな。でも、あんまりあたしの仕事を増やすんじゃない、ともオニルに言っておいてくれ」

「はあ」

 そんな不敬なことを言える気もしなかったが、ラウドに逆らうこともできず、俺は曖昧に頷いた。俺は壁に掛けられた時計をちらりと見た。怪我人を医務室に運ぶだけにしては少し時間が経ちすぎていた。そろそろ戻らないとオニルにどやされる予感がした。

 俺は頭を下げて、話を切り上げ、振り返ろうとした。

「あの」

 不意にコチテが声を発した。俺が否定の言葉を口にするよりも早く、ラウドが顔を上げた。

「どうした?」

「いえ」

「聞きたいことがあるのですが」

 俺の言葉をさえぎってコチテは言った。俺は顔をしかめて、コチテを肘でつついた。コチテは言葉を止めなかった。俺は横目でコチテを見た。コチテは思いつめた表情でハングラのベッドの仕切りを見つめていた。

「ああ、すまん。脅しすぎたな。そこまでヤバいってわけじゃない。もしもヤバかったら面倒なことになってたっていうだけだから」

「その、面倒なこと、というのはなんなのですか?」

 軽く笑みを浮かべながら発せられたラウドの言葉を、コチテは繰り返して尋ねた。ラウドの眉が苛立たし気にくいっと上がった。

「色々と、面倒なことがあるんだよ。お前たちみたいな予備訓練の連中が酷いケガをしてしまうとな」

「書類とか手続きとか、そういう話ですよね」

「まあ、そんなところだよ」

 話を早く切り上げようと、俺が口をはさむとラウドは肩をすくめた。俺はコチテの肩を軽くたたいた。もう満足しただろうか。コチテの顔を見る。満足した顔ではなかった。コチテはなおも口を開く。

「本当に、それだけなのですか?」

「おい、コチテ、どうしたよ」

 コチテは俺の言葉には答えない。先ほど変わらない思いつめた顔で、ラウドの顔を見つめていた。

「ヤカイは、どうなったのですか?」

「え?」

 コチテの口から飛び出した名前に、俺は困惑した。どうしてここでヤカイの名前が出てくる? ラウドの顔に目を移す。

「ふうむ」

 ラウドは唸り声のようなため息をついた。

「気にするなと、言っただろう」

「あれから帰ってきてないんですよ」

 混乱した俺を尻目に二人は会話を続ける。俺は慌てて口をはさんだ。

「ヤカイについて、何か知ってるんですか?」

 二人の会話が止まった。

 ラウドはため息をついて、首を振った。恨めしそうな目でコチテを見ている。コチテはようやくラウドから目をそらした。

「お前ら今ここ何週間目だ?」

 もう一度、大きなため息をついてラウドは言った。

「訓練予備校にきてですか」

「そう」

「三週間目です」

 コチテが答えると、そうか、とラウドは少し考えこんだ。

「あー」

 だしぬけにラウドは大きな声で呻いた。それから俺たちの目をぎろりと睨んで口を開いた。

「あたしから聞いたとは絶対に言うなよ」


【つづく】

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