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「ちきしょうめ、きょうはいけるとおもったのによ、サルワのやつ」
「ああ、惜しかったな」
「今日こそ勝てそうだったのにね」
サルワの体を反対側から支えながらコチテが言った。ハングラはどこかぼんやりした目のまま悔しそうに唸った。
よほどいい一撃が入ったのだろう、ハングラは座ったままでもふらふらしていたし、目の焦点もおぼつかなかった。だから俺は模擬戦闘の隙間にオニルに声をかけてハングラを医務室に連れていくことにしたのだ。
今までならば俺は一人でハングラを運ばなければならなかっただろうし、もしそうなっていれば朦朧とした状態のハングラを運ぶのは随分と大変なことになっていただろう。
「まあ、今日は少し休んでさ、明日は勝てるさ、きっと」
「あったりまえだぁ、そんなの」
コチテの呼びかけにサルワが答える。どこか調子の外れた口調ではあるけれども、まだまだ血気盛んな様子だった。確かにこの調子なら明日には元気になっているだろう。
コチテが手伝ってくれることになってとても助かった。単純にハングラを運ぶ重さが半分になっているだけじゃなくて、こうしてハングラが意識を保てるように話しかけ続けてくれるのもありがたかった。俺一人だと何を話せばいいのかわからなくなるときがあるのだ。
だからいつもだったら永遠に続くように思えるような、医務室への廊下も今日は少しだけ短いように感じられた。
「ほら、着いたぜ」
俺はハングラに声をかけながら、医務室の扉をノックした。「ん」とけだるげな声が中から聞こえたかと思うと、突然扉が開いた。
「今日はどした」
中から白衣を着た巨大な女性がじろりとハングラを見て言った。
「ええ、ラウド医務室長、模擬訓練で顎に良いのもらってしまったらしくって」
「顎か、とりあえずそこ座りな」
大きなあくびを死ながら女性、医務室長のラウドはベッドを指さした。俺たちは頷いて、ハングラをベッドまで運び座らせた。くたびれたスプリングがハングラの身体の重みにぎしりと軋んだ。
「ちょっと見るぞ」
「じゃあ、俺たちは帰りますね」
「いや、ちょっと待ってろ」
廊下に振り向いた俺たちをラウドが呼び止めた。
「どうしました?」
「オニルに伝えにゃいかんことができるかもしれん、ちょっと待ってろ」
「え、はい」
首をかしげながら頷く。ラウドは白衣のポケットからライトを取り出して、ハングラの前に座りながらやりと笑った。
「それに、お前らもあたしに止められたって言やあ、ちったあさぼれんだろ」
俺は肩をすくめた。
「まあ、室長に止められたのなら仕方がないですね」
「オニルも時々乱暴すぎるからな」
「そんなにまずいかもしれないんですか?
コチテが尋ねた。横目で顔をうかがうと、眉間に深いしわを寄せ、ひどく心配そうな顔をしていた。ラウドはゆっくりと首を振った。
「見にゃあわからんが、ちょっとめんどくさい可能性もある」
「めんどくさい?」
「まあ、ここなら何とでもなるから、大丈夫だ。どっちにしろ、ちょっと待っていろ」
ラウドはそう言ってライトを点灯させると、ハングラの目を覗き込んだ。
【つづく】